一方で、昨年から拡大している新型コロナウィルス感染症は拡大を続け、本日の東京の新規感染者920人を受けて東京都に4回目となる緊急事態宣言が発せられることとなったようだ。ついに東京オリンピックは緊急事態宣言下で行われることが確定。対策の切り札とされるm-RNAワクチンも接種が順調に進んでいるとはいえない(のりべえ以外の家族3人は父の職域接種ですでに1回目の接種を終えているのに肝心ののりべえが未接種)。何年かたってこの記述を見た人はこの時期の混乱・不安をどのように振り返るのだろう。
]]>発端は連休最終日(17日)の発熱。40度前後。以前処方していただいていた抗生剤を入れて様子を見たものの、下がらず。アンヒバを入れてようやく寝かしつける。
翌18日朝、引き続き40度の熱。光が丘病院は経営が変わってしまい、カルテがなくなってしまっていることが予想されたため、成育医療センターを緊急で受診。肺炎との診断。
気管挿管について判断を求められる。
今回、主治医のM川先生はじめ、病棟のT原先生、U田先生などたくさんの先生方・看護師さん方に診ていただいています。
「呼吸」「喘息」「肺炎」の3つの観点から治療は進んでいます。
呼吸...舌根が下がってしまって呼吸状態が悪いため、酸素吸入を行うとともにエアウェイを挿入して改善
喘息...これまで喘息と診断されたことはなかったが、症状が出ているとのことで、気管支拡張剤の吸入、ステロイド剤の点滴を行う
肺炎...「ウイルス感染による肺炎」「細菌感染による肺炎」「誤嚥による肺炎」の3つが考えられるが、誤嚥による肺炎を念頭において抗生剤による治療を行う
18日夜 エアウェイ挿入。喘息の治療のため、継続吸入(酸素と一緒にステロイド剤をずっと吸入し続ける)、抗生剤の点滴。SPO2は95、脈拍130台、体温37.7℃。
19日 平常に近い状態に落ち着く(酸素吸入が継続しているので平常というのもおかしいが)。M川先生が診察。呼吸はだいぶラクになっているが、肺のゴロつきはやはりあるとのこと。右肺の入りが少しよくないので、あとで伏臥位にしたりして痰を出していきましょうとのこと。治療自体はこのまま継続。午前と午後に肺理学療法(RTXと呼ばれるマシンで呼吸器を外から動かし、排痰を促す)を行う。
20日 SPO2 100、脈拍50台、呼吸数20台(少ない!)、体温36.4℃。酸素は引き続き10(酸素の単位はよくわからないがおそらくリットル/分)。気管支拡張剤の連続吸入をやめ、ついでに酸素もやめるとM上看護師。えっ、と思っていたらSPO2がポンとさがって、あわてて酸素吸入のみ5で再開。
21日朝 呼吸の状態は良好、肺理学療法も土日は休んで様子を見る。エアウェイは本人のストレスになっている様子もないので「長い目で見てもいいのでは」。気管支拡張剤の吸入は(連続ではなく)一日6回で、ステロイドの点滴は継続、抗生剤の治療も(ぶり返しがありうるため)継続。常設になっている導尿チューブはまだ抜いていないが午前中には抜去予定。(意識レベルが低い、というこちらの感想に対して)入院当初の呼吸、循環の状態から、低酸素の可能性はあるが、もう少し他の症状が治まってから判断はすべき。
あと、注入は今日からソリタ100ml×3回、週明けから(?)cz-hiを開始、徐々に通常の水分量、栄養に近づけて行く。
21日夕方 15時ごろ急変(症状としては発熱、SPO2低下、閉塞呼吸など肺炎の再発を思わせるもの)があり、止めていた酸素も10で再開、抗生剤も「これ以上はないくらい強い」ものに変更したとのこと。いまは熱も37度台にまで下がり、呼吸や循環も安定しているとのこと。一時的な痰詰まりによるもの、との見解だったため付き添っての宿泊はせず帰宅することに。携帯は持って寝る様に言われる。
22日朝 明け方に39度台まで熱が上がったとのこと。解熱剤は引き続き入っています。点滴は漏れが出たため右足に変更。酸素は相変わらず10で入れないとSPO2低下してしまう状況。その他の状態は落ち着いて見えるけれど、意識レベルが低いままなのが気になる。その後、目を開くが呼びかけへの反応はいまいち。ちょっと発作のような動きも。
22日午後 発作があったとのことで病棟のU田先生から相談してくださったらしく、神経内科の先生が病室に。いま使っている抗生剤がデパケンの濃度を下げる働きをしてしまうので、それを補う必要はあるか、という趣旨。
現時点では(よくも悪くも)うつらうつらしていて発作は起きにくい状態になっているので、あまり色々なことをせずにまずは肺炎の治療を優先し、抗生剤は続けなければならない、でも意識レベルは上がって発作がいつもより多い、となったときに改めて相談させて欲しい、とお伝え。
23日 体温36℃台、酸素も8Lに下がっている。点滴のルートが怪しくなってきている(=漏れてきそう)らしく、「最強の抗生剤を入れている(T原先生談)」ので新しい点滴ルートを確保しようとしたが、失敗。
24日 酸素吸入は引き続き10Lで継続。15時ころから喘息のようなゼイゼイいう音がして呼吸が不安定に。熱は37℃台半ば。サチュレーションはどうにか97まであがるものの、時々咳が出る。
25日 酸素がはずれ、サチュレーションは98~100、熱も下がっていて好調。
26日 熱37.7℃程度、酸素吸入を2Lに上げていただいてサチュレーションは100。ソリタ注入を再開、1日5回、200mlを2時間というスローペースで。抗生剤の点滴はあと2日、28日までで終了する。
27日 T原先生曰く「快調です」。喘息の治療は、ステロイドも終わり、抗生剤も28日に終わる予定。RTXのあと、吸引で痰がたくさん取れて看護師さんに褒められる。夜になって酸素吸入が1Lになったがサチュレーションが下がる。サチュレーションの値が90を切ってアラームがなり始める始末。結局、酸素の管がずれていたとのことで98まであがるのを見届けて付き添いの父は帰宅。
28日 酸素も点滴もはずれ、内科的治療は日に4回の吸引のみに。本当は28日にもう1回抗生剤の点滴が予定されていたのだが、前夜に点滴漏れが発生し、もう一度ラインを取り直すのも大変だ、ということで1回早く終了したらしい。久々に入浴。眠くなるとサチュレーションが91~92になってしまうので、夜だけ酸素を流すことに。
29日 酸素なしでサチュレーション94くらい。表情・反応とも良好だが寝に入るとSpO2が下がるので酸素0.5L流してもらう。日中のソリタは300mlに。栄養がまだ入っていないので、お腹はぺったんこ、Lサイズのオムツがゆるくなるくらい痩せた。午後、部屋を個室から4人部屋に移動。
30日 酸素なしでサチュレーション96~98。呼吸や胸の音はだいぶいい様子。右肺の空気の入りもよくなっているようだと看護師さん。母の声かけにも「んー」とにっこり。
...ということで、一時はかなり危ない状況でしたが、現在はほぼ落ち着いています。この調子で台風を乗り切り、来週から栄養(CZ-Hi)が順調に進めば来週末には退院!・・・のお知らせができるものと思います。
翌朝は37度に下がり登校。この日はちょうど成育の定期受診日だったので、午後迎えに行き成育へ。3時の予約が、この日は診察が立て込んでいたらしくなかなか呼ばれない。ノリはだんだん顔が赤くなり、呼吸も速く、目をつむっている。4時半を回ったところで看護師さんに声をかけ、調子が悪そうだと言うと、先生の診察中の向かいの診察室に入れてくれた。ベッドに横にしてコルセットを外す。熱は38.6度。こういうときは遠慮しないで早く看護師さんを呼ぶべきと反省。
5時過ぎ、ようやく診察。急な発熱、表情からドクターも「今のはやりもの」を疑い検査。救急外来に移され結果を待つ。検査の結果はA型B型ともに陰性(-)。炎症反応はややあるものの、白血球値はさほど上がっていないとのこと。呼吸状態からは肺炎には見えず、嘔吐もなく水分は摂れているので、このまま帰って(抗生剤なしで!)様子を見ることに。熱が高いと緊張が強くなるので38.5度をめどに解熱剤を入れることになった。ノリは救急外来のベッドで寝ている間にだいぶ呼吸がラクそうに。ただ周りのベッドサイドからは「ロタですね~」とか「嘔吐はいつからですか」とか洩れ聞こえてくる。早く脱出しなければ!
家に帰るとだいぶ落ち着き、翌朝には平熱・36度前半になった。もう大丈夫。よくがんばったね。消耗したのかうとうとしていることが多いが、学校でも特に熱は上がらず。でも何だったんだろう?
余談だが、成育では今回を最後にラコールを処方できなくなる。少し前から言われていたが、これからは経口栄養剤を自分で購入しなければならない。医療費削減なのだろうか。ラコールしか飲んでいなかったノリには大打撃。ドクターは「最後なので多めに出しておきましょう」と言ってくれた。薬局に行ってみると、普段の倍の量出ていた。先生、アリガトウ。
水~金は熱もなく、ただ消耗したせいかウトウトしてばかり。風邪の治りかけで分泌物も多かった。
週末の土曜日。夕方からまた熱が。今度は胸の奥からゴホゴホという湿った咳。インフルエンザが治ったあと肺炎になるケースがあるとドクターが言っていたが、ノリも痰や分泌物を誤嚥しているのかも。今度は喉~胸にかけて時々ゴロっというので、肺炎防止のために処方されているサワシリンを飲ませて様子を見る。夜中には39度近くまでいったが、今日、日曜日の午後には37度前半に下がり、声も出てきた。このまま落ち着いてくれるといいな。いったん崩すと悪循環にはまるので、早めに食い止めたいものだ。
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が、熱は下がらず(朝時点で38.9度)、結局、翌24日(月)朝、改めて小児科の外来へ。
またしても点滴。今度は3回くらいで入ったとのこと。
そして採血、尿検査の結果は相変わらず「それほど数値的には悪くない」状態。
処方はクラリス(王女様ではない。マクロライド系抗生物質)、ムコダイン&プルスマリン&ホクナリン(これは気管支拡張剤)。
熱はなかなか下がらない。その晩も寝る前で38.4度。
25日(火)、朝38.6度だった熱が急速に下がっていく。10時38.0度、11時37.6度、夕方には36度台まで。26日(水)からは通学。咳や痰はまだ若干多いが、体調はすっかり回復している。
今回処方された抗生剤は、効く細菌の範囲や効き方がいつもの薬とはちょっと違うらしい。マイコプラズマに対して処方されるものだということなので、今回の一連の症状はそれだったのかな、と考えている。
]]>ノリのお出かけは久しぶりだ。新車では初めて。ノリは外に出たとたん「アー」と雄たけびをあげ、嬉しそうに手を動かしていた。テーブルの両サイドのガードはほとんど役にたたず!?
電車に乗って池袋TOBUへ。まっすぐ紳士服フロアに上がる。ラッキー!EVの目の前が鞄のお店だった。今日は夫の通勤鞄を買いに来たのだ。実はこれ、昨年末のクリスマスプレゼントの予定だったのがなかなか一緒に買い物に出られず実現していなかったもの。今日は意を決して、買うぞ!と決めていた。
鞄は、珍しく夫が気に入ったものをすぐ見つけて買い物完了。予定にはなかったが、同フロアにある ル・ポワールが空いていたので衝動的に早めのランチ。ここには夫の好物のクラブハウスサンドがある。ノリも車椅子ごとテーブルに着き、ウェイトレスさんが近くに来ると「んあー」とおしゃべり。きれいな店内や照明を見回しながらゴキゲンだった。ソリタを注入して一緒にお昼。
地下鉄の割引乗車のやり方も慣れたし、ノリは電車の車内ではちょっと緊張気味だったけれど、ドアが開くたびにビクンとすることもなくなったし、めったにないお出かけを楽しめてよかった。買い物の"おつきあい"ありがとう、ノリちゃん。
]]>座位保持椅子はあさ工房さんで作成。ここでもPTの先生にがっつり見ていただいた。コルセット装着で本体に座りチェック。肘置きを下げてもらい、(車椅子のときに学習)、浮いた肩の後ろに詰めるスポンジを入れ、ヘッドレストを合わせて・・・ノリは何人もに囲まれて緊張のあまりか、また寝ていた。T先生の装具診では即OKが出たので、色を決めて完成は10月下旬。
今日はついでに、車椅子で気になったベルトの長さとヘッドレストの高さを調節する支柱の余裕分についてもロールさんに見てもらった。見てすぐベルトはその場で、支柱も長いものに換える手配をしてくれた。さすがPTの先生に話を通しておくと早い。いずれにせよ、すぐ対応してもらえてよかった。全体的にはとても扱いやすく気に入った車椅子なので、細かいところで不満を残したくなかったから。
あさ工房さんとPTの先生にクッションチェアも見てもらった。成長に伴い、中を少し彫ってもらおうと持っていったが、中に詰めてあったタオルやスポンジ類をはずしたらそこそこフィットしたので、左の肘の内側を少し彫ってもらうに留めた。問題は枕だったので、これは立体的になるようにウレタンでヘッドレストを作ってもらうことに。もう補助は降りないので自腹(1万円)だが、これでもう少し使えてノリが楽に座れるならいいかな。サンプルをお借りし、家で使ってみて次回会うときに様子を伝え、完成させる ことになった。家で座ってみたら、なかなかおさまりがいい感じ。ノリもごきげん。
余談だが、療育センターの装具診の日は久しぶりの友達に会える。みんな戦闘モードで忙しいからなかなかゆっくりは話せないけれど――。通園でいっしょだったPくんとママ。本当に久しぶりで、もっといろいろ話したかった。クラスメイトのTくんとママ。役員任せっぱなしで&直接相談したいこともたくさんあるのにゴメンナサイ。でも会えてうれしかった。療育センターではノリは顔が広いので、夫は目を白黒させていた。(笑)
]]>今日は総診M先生の診察のみ。ノリのここ一ヶ月の様子を伝え、診察してもらい、相談事やちょっとした世間話を経て次回の予約と処方箋、すべての過程がすんだあと、先生が医療用PHSで「○○の説明をしますので」と看護師さんを呼んだ。
そこで説明があったのが、「和(なごみ)手帳」について。「医療的ケアを必要とする重症心身障害児の、医療・介護・リハビリ情報共有のための連携手帳」を今後作成するにあたり、協力・検討してほしいとのこと。研究期間は2011年8月1日~2012年1月31日で、まだ必要事項を書いた用紙をクリアファイルに挟むタイプのものだが、その試行期間を経て、もっと洗練されたものにしていくということらしい。
以下、保護者向け説明書より転記。
- 研究の意義・目的
医療的ケアを必要としながら在宅で過ごされているお子さんは、個々の状態が様々であり、また医療的ケアや介護について、個別の対応や注意が必要となります。また体調不良で主治医以外の医療機関を受診されたり、また短期入所を利用されたり、いくつかの医療機関や教育機関等の利用をされると思いますが、その都度お子様の状態やケアの状況につき要点をまとめて伝えていくことが難しいと感じられることもあろうかと思います。
医療者にとっても、特に救急などの際に、普段の状態がわからないと治療が難しくなることがあります。そのため、今回医療連携の際にその子の状態を一目で把握できる情報連携ツールの開発を検討しております。
救急の場面や他施設受診の際にこの手帳を利用していただき、よりよい情報共有の方法を検討することを目的としております。
やっと医療の側からこういう発想が出てきたか、という感想。ありがたい試みである。この連携手帳があれば、救急で受診したときでも普段どのようなケアが必要なのかがすぐにわかり、受け入れる医療機関も保護者もあたふたせずに済む。震災以降、必要性があると判断されたのだろうか。ただ、障害児すべてではない。「医ケアがあるから」医療の側から声が上がったのだろう。とはいえ、ここはノリのような医ケアを必要とする障害児のために、大いに協力・検討していきたいものである。
診察中、おとなしくしていたノリは、この「和(なごみ)手帳」の説明のときはやたらと「んっだー!」「アー」と声を出していた。「いいね!私もそれ必要だと思う!」なんて意見言ってたりして。
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ダブルリクライニングではないが、ティルトをかなりの角度まで倒すことができる。
体幹コルセットを着けて乗るので、座位保持装置は使わず、背中は張り調節。
テーブルには両側に手が出ないようにガードする幌のようなものがついている。
折りたたみができるタイプなのでどっしり感はないが、思ったより軽くて扱いやすそう。ネジが多くたたみ方も複雑なので、業者さんにしっかりおしえてもらった。
ノリを乗せてみると、まあまあいい感じ。
装具診のときのチェック項目。座面の下に2cmくらいの板(固めのクッション)が入っている。ヘッドレストも固定してある。(マジックテープの位置は若干、不満が残るが)
上から見るとわかるように、ノリは左右の足の長さが違っていて、特に膝上は左より右のほうがだいぶ長い。その分、座面も右のほうが前まで出るような形になっている。
動きは滑らか。操作性は○。
数日後、ノリを乗せてみて気づいた。あれ、腰ベルトが短い。届いてすぐ乗せたときには気づかなかった。座面を上げたせいかもしれないが、それにしても「遊び」がなさすぎる。これでは冬、厚手のズボンをはかせたら締まらないかも。あと、足台の高さも左右が同じだ。そして、ヘッドレストの高さを調節する部分も、あまり余裕がない。今のノリにぴったり作ってある感じで、少し成長したらまた部品取替えをしなければならない印象。うーん。商売だなあ。今度PTの先生に相談してみよう。
]]>試乗して整形の診察を待つ。その間、乗っているノリを観察する。あれ、肘掛けに肘を乗せると肩が上がる?肩と腕がストンと落ちない。ヘッドレストもぐらぐらしている。これはマジックテープの付け間違いということで、持ち帰って直すと業者。他にも微調整する所があるらしい。なんだ、今日完成のはずだったのに。でもまあ今のうちに気づいたところを直してもらえるならそのほうがいい。高い買い物だし。
整形は、いつもの先生が不在で、初めての女医さん。肩が上がることを言うと、座面を高くする(座面クッションの下に2cmの台をつける)ことを指示してくれた。それに伴い足台を上げることも。左右の足の長さが違うことを伝え、右を1cm、左を2cm高くしてもらうことになった。
仮合わせのときにはまだクッションとヘッドレストが完成していなかったので、そこまでチェックできなかった。完成してみるといろいろあるなあ。でも、色はオレンジと黄色で明るくかわいらしい感じ。お届けは1~2週間後とのこと。
]]>昨年度まで私は「育児に伴う短時間勤務」(就学未満の子を持つ者が対象)で週3日の勤務形態をとっていました。その3日間は、父方の祖母・母方の祖母・父(=夫)の在宅勤務で1日ずつ自宅にてのりを見てもらい、そこに訪問看護師さんとヘルパーさんに適宜入ってもらっていました。残りの2日間にノリの通園やリハビリ、通院を入れていました。
ノリが学校に上がった今年度は、フルタイムに復帰。というわけで、この度ヘルパー事業所を変え、新たに通学移動支援サービスを申請し、ヘルパーさんにがっつり入ってもらうことにしました。幸い、とても親身になってくれる事業所に巡りあい、新しいヘルパーさんにも私が在宅の間にノリの様子を見てもらって引継ぎをすることができました。さらに、今までの事業所ではノータッチだった医療的ケアも一部、注入での水分摂取をお願いできることになりました。
○ノリのサポート体制
9月からはたくさんの目と手でノリに関わってもらうことになります。加えて、いろいろな人が入れ替わり立ち代り家に入ってサポートしてくれることになります。家族にとってもノリ自身にとっても新しい生活が始まります。
以下、私のひとりごと。
家族に負担をかけ、いろいろな人の手を煩わせ、そうまでしてなぜ仕事に固執するのか?
仕事といってももっと違うかたちで(例えば非常勤とか)できないのか?
いろいろ考えないではないのです。でも、「子供に障害があるから仕事をやめなければならない」というのは、違うと思うのです。さまざまな社会福祉資源・サポートを利用しながら母親が仕事を続ける方法を模索してもよいのではないでしょうか。幸い、私の今の職場では体制的にはそれが可能で、ノリの学校の先生方も私の仕事復帰に配慮してくださっています。私はフルタイムの仕事を大切にし、社会との繋がりを保ちながら、きちんと税金を納める社会人でありたい。それは、めぐりめぐって福祉の充実にも繋がると思います。
日本はまだまだ「障害がある子は母親が面倒をみるのが当たり前」という雰囲気が根強く、母親が抱え込んでしまうケースが多い。でもいずれ親も子も年をとって、介護を人の手に委ねなければならないときが来ます。そのときに慌てないためにも、早い段階で福祉サービスを利用すること、たくさんの人の手を借りられる環境を作ること、その子のことを多くの人に知ってもらうことは、決して悪いことではないはずです。
そうは言っても、ノリを含めた家族の生活・健康が最優先。仕事も身を引き締めてかからなければならない責任あるもの。それぞれのバランスをうまく保てるようやりくりしながら、できるところまでやってみようと思います。
]]>
久しぶりだけど、のりは大丈夫かな。看護師さんは初めてお見かけする男性の方だったけれど、とても優しそう&きちんと話を聞いてくださったので、まずは一安心。
この間に、のりの9月からの学校生活に向けての準備に加え、自分の仕事復帰に向けての準備も整えなければ。
]]>
そしてついに切りました。とはいえ、胃チューブを引っ張らないようにいつも髪ゴムに挟んでいるので、ショートというわけにはいかず。どうやって切ったかというと、ひとつに三ッ編みした状態で、真ん中あたりからザクッと行きました。お侍さんみたいに。
髪を下ろしていると一見わかりませんが、洗髪がだいぶ楽になりました。梳かすのも。ひとつに縛ると女剣士さながらです。(三ッ編みはできなくなりました。)
先日家に来てくれたヘルパーさん。ノリを見てもしばらくまったく気づかなかったのですが、何の気なしにノリの髪を手櫛でといていて「あれっ!のりちゃん髪切りました?」手の感覚は視覚に勝ります。
]]>を利用したこと。
<ネットスーパー>
食材・水・オムツなど嵩張るものを先に送り込んでおいて身一つで乗り込もう、という算段。行きは圧倒的に楽だが、旅行先で消費しきれないと文字通り始末に困ることになる。消費の見込み、現地の在庫状況を元に慎重に計画・発注すべき。
<新幹線の車椅子席>
今回、メインの移動手段は新幹線。車椅子での乗車のために準備されている「車椅子席」を利用してみた。
難関その1:予約が大変。車椅子席はみどりの窓口での取り扱いが特殊(現地の列車指令所?で座席を確保して、座席番号なしで発行した指定席券に手書きで座席番号を記入するようなやり方)。窓口で車椅子乗車を希望する旨、申し出て、何か用紙を書いて。行きの切符を買った池袋駅では係員が気を利かせてくれて「とれたら電話しますので携帯の番号を教えて下さい」で買い物を2つ済ませることができたが、帰りの切符を取った品川駅では「この窓口では扱えないので」と別のみどりの窓口に移動させられたうえ、なんだかんだで1時間半待つ羽目に。
難関その2:気まずい...。車椅子席は3人がけシートの通路側を空けて車椅子用のスペースを確保するのだが、車椅子から座席に乗り移っての利用を想定している。よって、家族4人でボックスシートに座っていこうと考えて、1A1B2A2Bの4席を確保した。しかし、実際には欠けている3人がけシートの「1C」に車椅子を置くことになる。しかも、夏休みの繁忙期には平気で2Cによそのお客様が座ることになる。行き。2C席には同じ駅から乗ってきた女性。「すみません、このシート回していいですか?」「え、これまわすんですか...」
結果、座席配置はこんな感じに。
この座席配置で私達は食事を始めてしまったので、やりづらかったことと思う。すみませんでした。
帰りは、2C席に既に座っていた男性に窓際の席に移っていただき、以下のような座席配置に。
これはまあ、平和といえば平和。次回からは1A1B1D1Eと横並びで席を取ろう、と考えている。
注意点:車椅子席を利用するからといって、障害者割引が自動的に適用されるわけではない。予約の際に手帳を提示してその旨を伝えれば、障害者本人と介助者の乗車券が割り引かれる。
学校にあがると車椅子(後ろのタイヤが大きいもの)が必要になる。バギーは不安定でブレーキもなく、スクールバスに乗れない。学校にあがるときには福祉面での補助も使えるので、のりも車椅子を新調することに。(4月からは学校の車椅子を借りていた。)
今回はPTの先生にお願いして、学校に出入りの業者で作ることにした。のりの場合の一番のポイントは、首の角度。首の後ろが縮んで顎が上がった状態だと呼吸に支障をきたす。文字通り、首がネックなのだ。今まで乗っていたバギーもヘッドレストがまったく合わず、苦しそうでいつも両手が開いて突っ張ってしまっていた。体幹コルセットを装着したまま乗るので、今回のは背を張りタイプにしてマジックテープでたわみを調節できるようにし、ヘッドレストを背もたれと独立させて高さや角度を調節できるものを作ることに。
こちらの希望を聞きながらPTの先生がとても細かく指示して下さり、ベテランの業者さんと意見を交換しながら細かいところまで詰めていった。ヘッドレストに関しては特に細かい注文。業者さんはその場でウレタンスポンジをナイフでくり抜き、注文どおりの形を作っていく。さすがプロだ。
以前は私も無知で、装具を作る際に「ここは絶対ゆずれない」と強く出ることができず、PTさんや業者さんにそれをうまく伝えることができずに不本意な仕上がりになってしまうことがあった。今回、今のPTの先生はとても熱心に向き合ってくれ、私の意見や要望も聞いた上で、のりにはこういうのが必要でこうしたらよいだろうという意見のすりあわせができたことが、とても心強かった。業者さんに対しても妥協しない姿勢をとってくれたのもありがたかった。
のりは仮合わせの車椅子に乗ったまま待ち時間中ずっと寝ていた。わりとすんなりラクそうに座っているのでいいかんじ。仕上がりは9月の頭。楽しみだ。
そうそう、短下肢装具も今日仕上がりだった。濃ピンクのベルトにかわいい柄の入った本体。のりによく似合っている。
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