遅ればせながらのお正月
1月3日、のりべえは無事に退院。 結局、新年はのりべえと二人、病室で迎えました。 離れ離れではありましたが、引き離されてあらためて家族の絆を感じました。
私達は、家族です。
その有り難さ(文字通りの意味で!)を忘れずに、この1年も乗り切って行きたいと思います。 本年もよろしくお願いします。
1月3日、のりべえは無事に退院。 結局、新年はのりべえと二人、病室で迎えました。 離れ離れではありましたが、引き離されてあらためて家族の絆を感じました。
私達は、家族です。
その有り難さ(文字通りの意味で!)を忘れずに、この1年も乗り切って行きたいと思います。 本年もよろしくお願いします。
12月25日未明、のりべえが急性肺炎で入院しました。対処が早く適切だったためか、容態は既に落ち着いています。 しかし、退院は年明けとなりそうです。入院前後の経緯や、のりべえが3歳になってからの半年間のできごとなどは、また後日書こうと思います。 とりあえず、危なかったけど、無事です。
今日はのりべえの誕生日。今日で3歳になりました。なにかあっという間に3年過ぎたような気がするが、そのあっと言っている間に上の子は小学2年生ですっかりおにいちゃんになり、職場も家も引っ越し、私の面の皮と腹の肉はさらに厚くなった。 まったくたいした「あっという間」である。
先日のりべえの保育園受け入れに関して区役所に不服申し立てをしたが、その検討結果を聞きに、妻、のりべえと3人で練馬区役所へ。おおむね予想されていたことではあったが、結果は「敗訴」。今回の一連の動きがムダだったとは思いたくないが、行政の何が変わるというわけではない。徒労感がないといえば嘘になる。
福祉事務所は配慮を約束してくれたが、正直、大して役に立つわけではない。双方の祖母に日替わりで見てもらい、ヘルパーさん、東京都の訪問看護サービス、民間の訪問看護ステーション、私の時差勤務を組み合わせてのりべえを世話することにする。
急性肺炎と電解質異常で入院して1週間、のりべえが無事に退院しました。 まだ痰がからんでゴロゴロいったりもしますが、熱はすっかり下がり、元気です。
御心配いただいた皆様、ありがとうございました。
前回の検査入院から一ヶ月。のりべえがまたも緊急で入院することとなった。診断は急性肺炎と電解質異常。26日夜から咳が始まり、27日の朝に39度台の発熱、呼吸も荒くなったため板橋の病院を受診、成育医療センター救急外来に回ってそのまま入院となった。 酸素吸入と点滴が功を奏し、容態は安定したが、1週間程度の入院が必要となりそう。
ゴールデンウィークはのりべえについていてやれ、というお告げかもしれない(笑)。
練馬区役所のN課長から連絡があり、再び区役所へ。先方の会議参加者は、前回お会いしたN課長、A係長に加え、課長2人、係長1人、福祉事務所の所長1名、計6名。 「決定に先立って、どのような方策がありうるかの検討」という趣旨。N課長としては保育だけでなく、療育での受け入れという道がないか探りたい様子。だが、話を聞けば聞くほど「保育か療育か」という択一にはあまり意味がないように思えてくる。 我々が望んでいるのは、安心して預けられる場であり、保育(=保ち・育む)の保、なのだ。役所が提示できるのは育むほうのバリエーションだけなのだろうか。
のりべえを保育園には受け入れられない、という区の決定に対し、行政不服審査法に基づく不服申立を行い、口頭陳述に行ってきました。 先方は今回の件をメインで担当してくれているA係長、その上司のN課長、書記役としてKさん、そしてSさんという保育園の園長経験のあるかた(陳述中、のりべえをずっと抱っこしていて頂きました)。先方も口頭陳述は初めて、とのことでしたが、思っていたよりフレンドリーで、心置きなくしゃべることができました。ただ、区役所側はあくまで「傾聴」で、質問に対する回答は基本的になく、時間の許す限りこちらから一方的に喋るだけで、不明点について質した上で議論しようと思っていたこちらのもくろみは外れました。そのまま提出してもこちらの意見を伝えきれるレベルの文書を作っていくべきでした。しかし、(これはおそらく口頭陳述に関するルールなのでしょうけれど)相手からまったく反応が返ってこないのなら、顔を合わせて口頭で意見を述べることの意味ってあるのでしょうか……。 さて、つっかえつっかえ15分ほどかけて話した内容は、おおむね以下の通り。
のりべえが退院した。妻はどうしても外せない用があり、私が一人で迎えに行った。
今回の検査入院のメインイベントだったはずのMRI撮影は、気道確保が難しい(MRI室では口からの挿管ができなかった)という判断から見送られ、自然入眠の状態での撮影ものりべえが動いてしまうのであきらめ、脳波測定も「眠らせての検査はこれ以上しないほうがいい」という判断から中止となった。結果、今回の検査入院で実施した検査はCTの撮影と膀胱のエコーだけで、外来に1日いればできてしまうレベルのものである。 とはいえ、そんなところで危険を冒してまで強行してもらっても何もいいことはないので、先生方の慎重な判断には感謝したい。
脳外科の先生の都合で、8時40分に病棟入り(ちなみに、前夜21時過ぎに先生から直々に電話をいただいたのだが、そんな時間に医者から電話が来ると入院患者の親の寿命は2年くらい縮むことを御存じないらしい)。脳外科の先生の話。CTで見る限り、脳室内の圧力が増している兆候は見られない。また、腰の手術跡も、髄膜瘤が再発するようなこともないようだ、とのこと。また、今後、なにか緊急で大きな手術を受けるなどの際に麻酔がかけられないことに問題はないか、との質問に対しては、手術室であればそうした事態に備えての設備等があり、大丈夫だろうとの明快な返事をいただいた。またいずれMRIは撮ることになるが、その際は手術室で麻酔をかけ、手術室にある小型の機器で撮影するといった手を考えるそうだ。 10時にはベッドを空けなければならないと言われていたが、総合診療科の先生との話が済んでいなかった(+当日入院する患者も予定されていなかった)ので、導尿と注入もさせてもらった。薬を処方してもらい、物品を受け取り、(合間に私も食事をし)、退院手続きをして病院を出たのは12時過ぎだった。そしてのりべえと私の冒険はまだ始まったばかりだった(じゃじゃーん)。
のりべえが検査のため入院した。 今回は脊椎全体をMRIで撮影(1時間くらいかかるそうな)するため、全身麻酔となる。 ひさびさの病棟、麻酔医の診察、同意書への署名などなどを済ませて帰宅。 長男の帰宅には間一髪間に合わず、心細い思いをさせてしまった(でも泣かずに待っていたのはえらい)。 それにしても、のりべえがいないとものすごく「いない!」という感じがする。普段それほどうるさいわけでも手がかかるわけでもなく、寝ているか座っているかしているだけなのに、この圧倒的な「不在感」はなんなのだろう。
一昨日と今日、午前中2時間ずつ、地元の保育園で保育体験してきました。 初日は、初めての場所と同じ年次の子達の声に戸惑って泣いちゃう場面もみられましたが、二日目はなんとも余裕の表情。先生の抱っこにニコニコ、お友達に手を触られてもニコニコで、愛想をふりまいていました。40分くらい母と離れてクラスにいたけれどへっちゃらでした。お友達はとても優しくて、自分よりも大きいくらいのノリちゃんをイイ子イイ子したりおもちゃを持ってきてくれたりと、子供たちなりの交流をしていました。ノリちゃんは明らかに生き生きとして、覚醒スイッチが入ったようでした。やっぱり子供の世界ってすごい。こんなふうに共に育ち合える環境があるといいなぁとつくづく思いました。先生は大変でしょうけど。 保育園では医療行為は行えないと言われて、「それなら事前保育なんて形だけじゃん、何のためにやるの」と思いながら臨んだ二日目でしたが、ノリちゃんの変化と適応力を見られただけでも二日間行った意味がありました。先生方もとても良くしてくださり、お世話になりました。
ノリちゃんは家に帰ってからも一日スイッチが入りっぱなしで、ケラケラとよく笑い、真剣にMyウクレレを爪弾き、とても活動的でした。ノリちゃん、お疲れさま。保育園、入れるといいな。
また新しい年が明け、のりべえは2歳半になった。 最近、お兄ちゃん(長男)が寝るときに添い寝をしてもらう(してあげる)のがお気に入り。二人並べて布団に放り込み、本を読み聞かせるとすごい勢いで寝付くので、親としてもありがたい。
ん、今日は長男の寝つきが悪いようだ……。 期間限定リンク:年賀状ページ 本年もよろしくお願いします。
のりべえが最初に入院したのは生まれた当日、0歳の7月7日だった。2度目の入院は1歳の8月8日だった。今日は2歳の9月9日。別に縁起をかつぐわけではないが、目を離さずしっかりと抱きしめて一日を過ごす。あと5時間。
暦の上ではもう秋となった。 あの緊急入院から1年。のりべえにとっては初めての「病院の外ですごす秋」となる。のりべえにもこの美しい季節を存分に味わわせてやりたい。
2年前に生まれたのりべえが、2歳になった。 何も不思議なことはない。けれどそれは、素晴らしいことであるように思える。 のりべえがいま、そばにいてくれることに感謝したい。
NIKKEI NETの記事「妊婦の9割超、「葉酸」不足・先天異常招く恐れも」より。
長男の入学式。のりべーも抱っこされて参加。とてもおとなしくいい子にしていたのだが、2年生の「よびかけ」でちょっとだけ泣いてしまった。お兄ちゃん以外の子どもの声、特に大声・高い声は苦手(怖い)らしい。すぐに泣き止み、あとはいい子ですごせました。
お父さんは今、左腕がひどい筋肉痛です。のりべーも大きくなったね。
こころなしか、手が動くようです。 のりべーの顔を覗き込むようにして「のりちゃん、『はーい』は?」と聞くと、かなりの確率で手が動き、まるで返事をしているかのような動きを見せてくれます。
何かの不随意運動なのかもしれないけれど、のりべーも実に嬉しそうな顔をしてそれをやってくれる(自分の名前を聞き分けるようになった?)ので、家族みんなが何かというとのりべーに声をかけている今日この頃です。
暦の上ではもう春だというのに、相変わらず寒い日が続いています。 家族4人、特に体調を崩すこともなく元気です。のりべえはのりべえなりに生活のリズムができ、そのリズムも落ち着いてきて、さらにそこから少しずつ変化が生まれてきています。 声を出して笑うようになりました。これをやると声を出して笑う、という「笑いのツボ」もいくつか発見されました。目も耳も正常に働いていないかも、と言われていたころからすれば格段の進歩です。 栄養摂取は相変わらずミルクの注入に頼っていますが、嚥下の練習を始めることになりました。食いしん坊のりべえの復活に向け、まずはジュースにとろみをつけたものをスプーンにつけて少しずつなめるところから。
相変わらず寒い日は続いていますが、暦の上ではもう春です。 少しずつ、しかし着実に季節は移り変わっていきます。負けてはいられません。
12月に障害者手帳が交付されました。両上肢機能障害(1級)、体幹機能障害(1級)。このおかげでさまざまな補助や行政サービスを受けられることになります。つまりこの手帳は、世の中の人がのりべーのために力を貸してくれることの証です。有難く活用させていただこうと思います。 のりべー本人は退院以降、かなり表情が出てきました。呼びかけるとにへえっと笑うようになり、家族みんな何かにつけ声をかけるのが習慣になっています。すこしずつですが外出もしています。正月には外泊(といっても家族で母方の祖父母宅に泊まったのですが)にも挑戦しました。寒い日が続くのでいろいろなことを慎重に慎重にしています。
明けましておめでとうございます。 おかげさまで家族4人そろって新年を迎えることができました。
昨年の我が家は、のりべーの(再びの)長期入院、転居など、さまざまな事がありました。これからも大きな変化は続きますが、家族4人、消極的になることなく生活を楽しんでいければと思っています。 本年もどうぞよろしくお願いします。
ご心配おかけしていましたが、「ショック(原因不明)と多臓器不全」で入院して3ヶ月、11月5日にのりべーが退院しました。また、10月末に都内に転居しました(そのために退院日程を少し延ばしてもらったりもしました)。 最終的な診断は「低酸素性脳症」。経管栄養や導尿など介護の度合いは増えましたが、のりべーが戻ってきて、生活は落ち着きを取り戻しつつあります。寝顔や時折見せてくれる笑顔の可愛らしさを励みに家族4人頑張っていこうと思います。
のりべーが8日未明、体調を崩して緊急入院しました。
8日の深夜2時ごろに呼吸の異常に気づき、近所の病院に担ぎ込みましたが、血管が細いために点滴が入らないと言われるは、かかりつけの大きな医療センターは距離が遠くて搬送が危険だと受け入れを断られるはで、結局大きな病院に到着したのは10時過ぎでした。 脱水から来るショックと多臓器不全(8月7日はずっとエアコンの効いた部屋で寝ていただけなのに!)とのことで一時は本当に危なかったものの、一命は取り留めました。しかし、脳に損傷を受けたらしく、今後は自力で栄養を取ることができない状態で、入院前の状態に戻るのは難しい、という宣告を受けました。もともと脊椎に障害があって、発達の遅れや下半身の麻痺・機能不全については覚悟もできていましたし、「それでも生きてさえいれば、良くなる可能性は0ではない」と信じてきました。しかし、彼女の運命はわれわれの予想よりも少し、過酷なものだったようです。
ともあれ、のりべーはまだ生きています。こちらを見ることはないものの、時々は目も開くようになりました(ちゃんと可愛いです)。きっと医者の予想を覆すような回復を見せてくれると思います。
のりべーが満1才の誕生日を迎えた。 二分脊椎という障害を負って生まれ、5ヶ月以上の入院を経て我が家にやってきたのりべーは、時おり見せる笑顔でみんなを和ませてくれている。心身の発達の遅れはそろそろ目だってきたが、われわれ両親も、そして本人もまだつらさを感じてはいない。 ご心配いただいているみなさん、応援してくださっているみなさん、本当にありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。
のりべーが退院して一ヶ月がたった。退院直後はドキドキの毎日だったが、それもだいぶ落ち着いてきた。毎日病院通いをしていたころに比べたら、精神的にもなんとラクなことか。のりべーはもともとは丈夫な子なのだろう。心配な点は多々あるけれど、それでもミルクをよく飲んで機嫌よく過ごしていて、少しずつ反応もよくなってきているし、なによりかわいい。赤ちゃんのいる生活はこんなにも和むものだったかと思うほどだ。覚ものりべーに対してはとたんに「ノリちゃあん」と猫なで声になり、迷惑そうなのりべーにもかまわずブチュッとしている。我々家族は、のりべーを迎えて格段に賑やかに、家族らしくなった。 のりべーが生まれたときは、病気についての知識も乏しく、ろくに心構えもないまま治療・手術を任せなければならず、周りの人たちに状況を説明するのも難しくて、こうしてホームページを公開することが我々自身の心の支えとなり、また勉強にもなったと思う。周りの方々には心配をかけることになったようで心苦しいけれど、温かい励まし・応援の言葉や参考になるご意見をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。 のりべーが退院し、我々の生活面・精神面が一段落した今、これから成長していくのりべーや長男のことを考え、公開をいったん停止することにします。また折々で近況は報告したいと思いますし、のりべーの元気な姿を見ていただけたらと思います。そしてこれからも我々家族をどうぞよろしくお願いいたします。
アーチェリーで夢のパラリンピックへ 天理大の中西さんと題するasahi.comの記事より。
アーチェリーを始めたのは中2のころ。障害と向き合い、揺れ動く思春期だった。「もともと明るい性格なのに、引っ込み思案になっていた」と母みどりさん(51)は振り返る。「何か自信のつくことを始めれば」。父で高校の美術教諭の康祐さん(52)の助言で、障害の有無を問わず一緒に試合ができるアーチェリーを始めた。
奈良県天理市の自宅から約700メートル離れた田んぼを整備して、専用の練習場を作った。大学のアーチェリー部の練習がないときは、いつもこの場所で撃ち続ける。
ちょっと古い(2000年3月28日)が、WIRED NEWSの記事から引用。
WIRED NEWSの記事は、タイトルからも推察されるとおり、医療情報の情報源としてWebを用いることの是非について論じている。 削除される可能性を考え、全文を引用しておく。
日経新聞の記事からの引用。
アンケートは2003年1月から今年7月にかけ愛知県などで実施。高校3年の女子生徒353人と成人女性161人、赤ちゃんを産んだことがある女性770人から回答を得た。
2分脊椎などの神経管閉鎖障害の発症リスクと葉酸の関係を「知っている」とした女子高生は3%にすぎず、成人女性は13%、赤ちゃんを産んだことがある女性でも15%にとどまった。
日本産婦人科医会と横浜市立大国際先天異常モニタリングセンターの調査によると、2分脊椎の発症率は2003年に赤ちゃん1万人当たり5.6人となり、5年連続で前年を上回った。
ホウレンソウなどに多く含まれる葉酸を摂取することで発症リスクを下げられるが、調理の際の加熱で失われやすい。厚生労働省は妊娠を計画している女性に対し、栄養補助食品から1日0.4ミリグラムを摂取するよう勧めている。
ほんと、注意してくださいね。>妊娠を「計画している」女性の皆さん。
日経新聞の記事からの引用。
二分脊椎などの神経管閉鎖障害はビタミンの一種、葉酸の摂取で発症リスクを減らせる。旧厚生省は2000年に妊娠可能年齢の女性に積極的な摂取を呼び掛けたが、専門家は「意識的に摂取する女性は少なく効果が上がっていない」と指摘、国は啓発に向け新たな対応を迫られそうだ。
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