10周年

のりべえ 10歳0ヶ月1日

今日、いや昨日はのりべえ10歳の誕生日。
本人にとってはもちろんめでたいのですが、我々家族にとっても、10年間のりべえと一緒にがんばってきた記念すべき日です。
みんなそれぞれによくがんばっていて、元気です。ありがたいありがたい。

3000日目は病院で

のりべえ 8歳2ヶ月23日

2012年9月23日は、のりべーが生まれてちょうど3000日目。
その記念すべき日をのりべーは(またしても)病院で迎えることになりました。

発端は連休最終日(17日)の発熱。40度前後。以前処方していただいていた抗生剤を入れて様子を見たものの、下がらず。アンヒバを入れてようやく寝かしつける。
翌18日朝、引き続き40度の熱。光が丘病院は経営が変わってしまい、カルテがなくなってしまっていることが予想されたため、成育医療センターを緊急で受診。肺炎との診断。
気管挿管について判断を求められる。

  • 筋弛緩剤を用いて脱力させるリスク(以前MRI撮影のために鎮静剤を用いた際、呼吸がなかなか戻らず大変だった)
  • ICUが満床のため、成育で挿管を行ったうえで他の病院に搬送するリスク
  • 肺炎の症状が治まった後も自力呼吸が戻らないリスク(その場合、気管切開を行い、さらに場合によっては人工呼吸を行い続ける必要が出てくる)

といったリスクがある点と、これまでも同様の肺炎症状を内科的治療のみで乗り切ってきたことから、挿管はお断りした。
18日は妻が付き添いで泊まることに。

今回、主治医のM川先生はじめ、病棟のT原先生、U田先生などたくさんの先生方・看護師さん方に診ていただいています。
「呼吸」「喘息」「肺炎」の3つの観点から治療は進んでいます。
呼吸...舌根が下がってしまって呼吸状態が悪いため、酸素吸入を行うとともにエアウェイを挿入して改善
喘息...これまで喘息と診断されたことはなかったが、症状が出ているとのことで、気管支拡張剤の吸入、ステロイド剤の点滴を行う
肺炎...「ウイルス感染による肺炎」「細菌感染による肺炎」「誤嚥による肺炎」の3つが考えられるが、誤嚥による肺炎を念頭において抗生剤による治療を行う

18日夜 エアウェイ挿入。喘息の治療のため、継続吸入(酸素と一緒にステロイド剤をずっと吸入し続ける)、抗生剤の点滴。SPO2は95、脈拍130台、体温37.7℃。
19日 平常に近い状態に落ち着く(酸素吸入が継続しているので平常というのもおかしいが)。M川先生が診察。呼吸はだいぶラクになっているが、肺のゴロつきはやはりあるとのこと。右肺の入りが少しよくないので、あとで伏臥位にしたりして痰を出していきましょうとのこと。治療自体はこのまま継続。午前と午後に肺理学療法(RTXと呼ばれるマシンで呼吸器を外から動かし、排痰を促す)を行う。
20日 SPO2 100、脈拍50台、呼吸数20台(少ない!)、体温36.4℃。酸素は引き続き10(酸素の単位はよくわからないがおそらくリットル/分)。気管支拡張剤の連続吸入をやめ、ついでに酸素もやめるとM上看護師。えっ、と思っていたらSPO2がポンとさがって、あわてて酸素吸入のみ5で再開。
21日朝 呼吸の状態は良好、肺理学療法も土日は休んで様子を見る。エアウェイは本人のストレスになっている様子もないので「長い目で見てもいいのでは」。気管支拡張剤の吸入は(連続ではなく)一日6回で、ステロイドの点滴は継続、抗生剤の治療も(ぶり返しがありうるため)継続。常設になっている導尿チューブはまだ抜いていないが午前中には抜去予定。(意識レベルが低い、というこちらの感想に対して)入院当初の呼吸、循環の状態から、低酸素の可能性はあるが、もう少し他の症状が治まってから判断はすべき。
あと、注入は今日からソリタ100ml×3回、週明けから(?)cz-hiを開始、徐々に通常の水分量、栄養に近づけて行く。
21日夕方 15時ごろ急変(症状としては発熱、SPO2低下、閉塞呼吸など肺炎の再発を思わせるもの)があり、止めていた酸素も10で再開、抗生剤も「これ以上はないくらい強い」ものに変更したとのこと。いまは熱も37度台にまで下がり、呼吸や循環も安定しているとのこと。一時的な痰詰まりによるもの、との見解だったため付き添っての宿泊はせず帰宅することに。携帯は持って寝る様に言われる。
22日朝 明け方に39度台まで熱が上がったとのこと。解熱剤は引き続き入っています。点滴は漏れが出たため右足に変更。酸素は相変わらず10で入れないとSPO2低下してしまう状況。その他の状態は落ち着いて見えるけれど、意識レベルが低いままなのが気になる。その後、目を開くが呼びかけへの反応はいまいち。ちょっと発作のような動きも。
22日午後 発作があったとのことで病棟のU田先生から相談してくださったらしく、神経内科の先生が病室に。いま使っている抗生剤がデパケンの濃度を下げる働きをしてしまうので、それを補う必要はあるか、という趣旨。
現時点では(よくも悪くも)うつらうつらしていて発作は起きにくい状態になっているので、あまり色々なことをせずにまずは肺炎の治療を優先し、抗生剤は続けなければならない、でも意識レベルは上がって発作がいつもより多い、となったときに改めて相談させて欲しい、とお伝え。
23日 体温36℃台、酸素も8Lに下がっている。点滴のルートが怪しくなってきている(=漏れてきそう)らしく、「最強の抗生剤を入れている(T原先生談)」ので新しい点滴ルートを確保しようとしたが、失敗。
24日 酸素吸入は引き続き10Lで継続。15時ころから喘息のようなゼイゼイいう音がして呼吸が不安定に。熱は37℃台半ば。サチュレーションはどうにか97まであがるものの、時々咳が出る。
25日 酸素がはずれ、サチュレーションは98~100、熱も下がっていて好調。
26日 熱37.7℃程度、酸素吸入を2Lに上げていただいてサチュレーションは100。ソリタ注入を再開、1日5回、200mlを2時間というスローペースで。抗生剤の点滴はあと2日、28日までで終了する。
27日 T原先生曰く「快調です」。喘息の治療は、ステロイドも終わり、抗生剤も28日に終わる予定。RTXのあと、吸引で痰がたくさん取れて看護師さんに褒められる。夜になって酸素吸入が1Lになったがサチュレーションが下がる。サチュレーションの値が90を切ってアラームがなり始める始末。結局、酸素の管がずれていたとのことで98まであがるのを見届けて付き添いの父は帰宅。
28日 酸素も点滴もはずれ、内科的治療は日に4回の吸引のみに。本当は28日にもう1回抗生剤の点滴が予定されていたのだが、前夜に点滴漏れが発生し、もう一度ラインを取り直すのも大変だ、ということで1回早く終了したらしい。久々に入浴。眠くなるとサチュレーションが91~92になってしまうので、夜だけ酸素を流すことに。
29日 酸素なしでサチュレーション94くらい。表情・反応とも良好だが寝に入るとSpO2が下がるので酸素0.5L流してもらう。日中のソリタは300mlに。栄養がまだ入っていないので、お腹はぺったんこ、Lサイズのオムツがゆるくなるくらい痩せた。午後、部屋を個室から4人部屋に移動。
30日 酸素なしでサチュレーション96~98。呼吸や胸の音はだいぶいい様子。右肺の空気の入りもよくなっているようだと看護師さん。母の声かけにも「んー」とにっこり。

...ということで、一時はかなり危ない状況でしたが、現在はほぼ落ち着いています。この調子で台風を乗り切り、来週から栄養(CZ-Hi)が順調に進めば来週末には退院!・・・のお知らせができるものと思います。
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ここ一週間のこと

のりべえ 7歳7ヶ月19日

この冬はずっと調子よく過ごしていたノリ、今週始めの夜に突然熱が上がった。顔が赤く、脈が速い。呼吸は苦しそうではないが、熱は39.5度。抗生剤を飲ませて様子見。

翌朝は37度に下がり登校。この日はちょうど成育の定期受診日だったので、午後迎えに行き成育へ。3時の予約が、この日は診察が立て込んでいたらしくなかなか呼ばれない。ノリはだんだん顔が赤くなり、呼吸も速く、目をつむっている。4時半を回ったところで看護師さんに声をかけ、調子が悪そうだと言うと、先生の診察中の向かいの診察室に入れてくれた。ベッドに横にしてコルセットを外す。熱は38.6度。こういうときは遠慮しないで早く看護師さんを呼ぶべきと反省。

5時過ぎ、ようやく診察。急な発熱、表情からドクターも「今のはやりもの」を疑い検査。救急外来に移され結果を待つ。検査の結果はA型B型ともに陰性(-)。炎症反応はややあるものの、白血球値はさほど上がっていないとのこと。呼吸状態からは肺炎には見えず、嘔吐もなく水分は摂れているので、このまま帰って(抗生剤なしで!)様子を見ることに。熱が高いと緊張が強くなるので38.5度をめどに解熱剤を入れることになった。ノリは救急外来のベッドで寝ている間にだいぶ呼吸がラクそうに。ただ周りのベッドサイドからは「ロタですね~」とか「嘔吐はいつからですか」とか洩れ聞こえてくる。早く脱出しなければ!

家に帰るとだいぶ落ち着き、翌朝には平熱・36度前半になった。もう大丈夫。よくがんばったね。消耗したのかうとうとしていることが多いが、学校でも特に熱は上がらず。でも何だったんだろう?

余談だが、成育では今回を最後にラコールを処方できなくなる。少し前から言われていたが、これからは経口栄養剤を自分で購入しなければならない。医療費削減なのだろうか。ラコールしか飲んでいなかったノリには大打撃。ドクターは「最後なので多めに出しておきましょう」と言ってくれた。薬局に行ってみると、普段の倍の量出ていた。先生、アリガトウ。

 

水~金は熱もなく、ただ消耗したせいかウトウトしてばかり。風邪の治りかけで分泌物も多かった。

週末の土曜日。夕方からまた熱が。今度は胸の奥からゴホゴホという湿った咳。インフルエンザが治ったあと肺炎になるケースがあるとドクターが言っていたが、ノリも痰や分泌物を誤嚥しているのかも。今度は喉~胸にかけて時々ゴロっというので、肺炎防止のために処方されているサワシリンを飲ませて様子を見る。夜中には39度近くまでいったが、今日、日曜日の午後には37度前半に下がり、声も出てきた。このまま落ち着いてくれるといいな。いったん崩すと悪循環にはまるので、早めに食い止めたいものだ。

 

高熱・咳で救急外来を受診

のりべえ 7歳3ヶ月23日

23日(日)、朝から咳が出ると思っていたら午後になって急激に熱があがり、夕方に40度を超えたため、光が丘病院を救急で受診。
血液検査→それほど悪い値ではない
レントゲン→それほど白いわけではない
とのことで、「とりあえず点滴を」という運びに。しかし、のりべえの点滴の入れにくさは天下一品(自慢すんなよ)。両腕両手、合わせて10箇所近く試した挙句に親指の血管から入れていただいた。
院内処方で頂いた薬はメイアクト(抗生剤)&整腸剤、ムコダイン&プルスマリン(去痰剤)。

が、熱は下がらず(朝時点で38.9度)、結局、翌24日(月)朝、改めて小児科の外来へ。
またしても点滴。今度は3回くらいで入ったとのこと。
そして採血、尿検査の結果は相変わらず「それほど数値的には悪くない」状態。
処方はクラリス(王女様ではない。マクロライド系抗生物質)、ムコダイン&プルスマリン&ホクナリン(これは気管支拡張剤)。

熱はなかなか下がらない。その晩も寝る前で38.4度。

25日(火)、朝38.6度だった熱が急速に下がっていく。10時38.0度、11時37.6度、夕方には36度台まで。26日(水)からは通学。咳や痰はまだ若干多いが、体調はすっかり回復している。

今回処方された抗生剤は、効く細菌の範囲や効き方がいつもの薬とはちょっと違うらしい。マイコプラズマに対して処方されるものだということなので、今回の一連の症状はそれだったのかな、と考えている。

3人でおでかけ

のりべえ 7歳2ヶ月25日

今日は前々から、懸案だったある買い物をするために出かけようと決めていた。雲行きが怪しかったが、がんばって3人で出発。(息子は塾)

ノリのお出かけは久しぶりだ。新車では初めて。ノリは外に出たとたん「アー」と雄たけびをあげ、嬉しそうに手を動かしていた。テーブルの両サイドのガードはほとんど役にたたず!?

電車に乗って池袋TOBUへ。まっすぐ紳士服フロアに上がる。ラッキー!EVの目の前が鞄のお店だった。今日は夫の通勤鞄を買いに来たのだ。実はこれ、昨年末のクリスマスプレゼントの予定だったのがなかなか一緒に買い物に出られず実現していなかったもの。今日は意を決して、買うぞ!と決めていた。

ル・ポワールにて.jpg鞄は、珍しく夫が気に入ったものをすぐ見つけて買い物完了。予定にはなかったが、同フロアにある  ル・ポワールが空いていたので衝動的に早めのランチ。ここには夫の好物のクラブハウスサンドがある。ノリも車椅子ごとテーブルに着き、ウェイトレスさんが近くに来ると「んあー」とおしゃべり。きれいな店内や照明を見回しながらゴキゲンだった。ソリタを注入して一緒にお昼。

 

地下鉄の割引乗車のやり方も慣れたし、ノリは電車の車内ではちょっと緊張気味だったけれど、ドアが開くたびにビクンとすることもなくなったし、めったにないお出かけを楽しめてよかった。買い物の"おつきあい"ありがとう、ノリちゃん。

座位保持椅子 仮合わせ

のりべえ 7歳2ヶ月23日

座位保持椅子の仮合わせで療育センターへ。前回同様、手配したチェアキャブで夫とノリが先に行き、私はあとから車をとって駆けつけるというパターン。

座位保持椅子はあさ工房さんで作成。ここでもPTの先生にがっつり見ていただいた。コルセット装着で本体に座りチェック。肘置きを下げてもらい、(車椅子のときに学習)、浮いた肩の後ろに詰めるスポンジを入れ、ヘッドレストを合わせて・・・ノリは何人もに囲まれて緊張のあまりか、また寝ていた。T先生の装具診では即OKが出たので、色を決めて完成は10月下旬。

今日はついでに、車椅子で気になったベルトの長さとヘッドレストの高さを調節する支柱の余裕分についてもロールさんに見てもらった。見てすぐベルトはその場で、支柱も長いものに換える手配をしてくれた。さすがPTの先生に話を通しておくと早い。いずれにせよ、すぐ対応してもらえてよかった。全体的にはとても扱いやすく気に入った車椅子なので、細かいところで不満を残したくなかったから。

あさ工房さんとPTの先生にクッションチェアも見てもらった。成長に伴い、中を少し彫ってもらおうと持っていったが、中に詰めてあったタオルやスポンジ類をはずしたらそこそこフィットしたので、左の肘の内側を少し彫ってもらうに留めた。問題は枕だったので、これは立体的になるようにウレタンでヘッドレストを作ってもらうことに。もう補助は降りないので自腹(1万円)だが、これでもう少し使えてノリが楽に座れるならいいかな。サンプルをお借りし、家で使ってみて次回会うときに様子を伝え、完成させる 111001_104135.jpgことになった。家で座ってみたら、なかなかおさまりがいい感じ。ノリもごきげん。

 

余談だが、療育センターの装具診の日は久しぶりの友達に会える。みんな戦闘モードで忙しいからなかなかゆっくりは話せないけれど――。通園でいっしょだったPくんとママ。本当に久しぶりで、もっといろいろ話したかった。クラスメイトのTくんとママ。役員任せっぱなしで&直接相談したいこともたくさんあるのにゴメンナサイ。でも会えてうれしかった。療育センターではノリは顔が広いので、夫は目を白黒させていた。(笑)

和(なごみ)手帳

のりべえ 7歳2ヶ月9日

今日は月一度の定期受診。放課後ノリを迎えに行き、新しい車椅子を先生たちにお披露目したあと成育へ。

今日は総診M先生の診察のみ。ノリのここ一ヶ月の様子を伝え、診察してもらい、相談事やちょっとした世間話を経て次回の予約と処方箋、すべての過程がすんだあと、先生が医療用PHSで「○○の説明をしますので」と看護師さんを呼んだ。

そこで説明があったのが、「和(なごみ)手帳」について。「医療的ケアを必要とする重症心身障害児の、医療・介護・リハビリ情報共有のための連携手帳」を今後作成するにあたり、協力・検討してほしいとのこと。研究期間は2011年8月1日~2012年1月31日で、まだ必要事項を書いた用紙をクリアファイルに挟むタイプのものだが、その試行期間を経て、もっと洗練されたものにしていくということらしい。

以下、保護者向け説明書より転記。

  1. 研究の意義・目的
  2. 医療的ケアを必要としながら在宅で過ごされているお子さんは、個々の状態が様々であり、また医療的ケアや介護について、個別の対応や注意が必要となります。また体調不良で主治医以外の医療機関を受診されたり、また短期入所を利用されたり、いくつかの医療機関や教育機関等の利用をされると思いますが、その都度お子様の状態やケアの状況につき要点をまとめて伝えていくことが難しいと感じられることもあろうかと思います。
    医療者にとっても、特に救急などの際に、普段の状態がわからないと治療が難しくなることがあります。そのため、今回医療連携の際にその子の状態を一目で把握できる情報連携ツールの開発を検討しております。
    救急の場面や他施設受診の際にこの手帳を利用していただき、よりよい情報共有の方法を検討することを目的としております。

やっと医療の側からこういう発想が出てきたか、という感想。ありがたい試みである。この連携手帳があれば、救急で受診したときでも普段どのようなケアが必要なのかがすぐにわかり、受け入れる医療機関も保護者もあたふたせずに済む。震災以降、必要性があると判断されたのだろうか。ただ、障害児すべてではない。「医ケアがあるから」医療の側から声が上がったのだろう。とはいえ、ここはノリのような医ケアを必要とする障害児のために、大いに協力・検討していきたいものである。

診察中、おとなしくしていたノリは、この「和(なごみ)手帳」の説明のときはやたらと「んっだー!」「アー」と声を出していた。「いいね!私もそれ必要だと思う!」なんて意見言ってたりして。

 

新車

のりべえ 7歳2ヶ月9日

新しい車椅子が届いた。こんなかんじ。

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ダブルリクライニングではないが、ティルトをかなりの角度まで倒すことができる。

体幹コルセットを着けて乗るので、座位保持装置は使わず、背中は張り調節。

テーブルには両側に手が出ないようにガードする幌のようなものがついている。

IMG_2497.JPG折りたたみができるタイプなのでどっしり感はないが、思ったより軽くて扱いやすそう。ネジが多くたたみ方も複雑なので、業者さんにしっかりおしえてもらった。

ノリを乗せてみると、まあまあいい感じ。

装具診のときのチェック項目。座面の下に2cmくらいの板(固めのクッション)が入っている。ヘッドレストも固定してある。(マジックテープの位置は若干、不満が残るが)

上から見るとわかるように、ノリは左右の足の長さが違っていて、特に膝上は左より右のほうがだいぶ長い。その分、座面も右のほうが前まで出るような形になっている。

動きは滑らか。操作性は○。IMG_2511.JPG

 

 数日後、ノリを乗せてみて気づいた。あれ、腰ベルトが短い。届いてすぐ乗せたときには気づかなかった。座面を上げたせいかもしれないが、それにしても「遊び」がなさすぎる。これでは冬、厚手のズボンをはかせたら締まらないかも。あと、足台の高さも左右が同じだ。そして、ヘッドレストの高さを調節する部分も、あまり余裕がない。今のノリにぴったり作ってある感じで、少し成長したらまた部品取替えをしなければならない印象。うーん。商売だなあ。今度PTの先生に相談してみよう。

 

車椅子完成・・・のはずが

のりべえ 7歳1ヶ月26日

今日は車椅子完成の装具診の日。台風の影響で激しい雨と風が周期的にやってくる悪天候の中、3時までの受付に間に合うようにノリと夫で行ってもらい、私も早退して車を取ってあとから合流。

試乗して整形の診察を待つ。その間、乗っているノリを観察する。あれ、肘掛けに肘を乗せると肩が上がる?肩と腕がストンと落ちない。ヘッドレストもぐらぐらしている。これはマジックテープの付け間違いということで、持ち帰って直すと業者。他にも微調整する所があるらしい。なんだ、今日完成のはずだったのに。でもまあ今のうちに気づいたところを直してもらえるならそのほうがいい。高い買い物だし。

整形は、いつもの先生が不在で、初めての女医さん。肩が上がることを言うと、座面を高くする(座面クッションの下に2cmの台をつける)ことを指示してくれた。それに伴い足台を上げることも。左右の足の長さが違うことを伝え、右を1cm、左を2cm高くしてもらうことになった。

仮合わせのときにはまだクッションとヘッドレストが完成していなかったので、そこまでチェックできなかった。完成してみるといろいろあるなあ。でも、色はオレンジと黄色で明るくかわいらしい感じ。お届けは1~2週間後とのこと。

ノリのサポート体制

のりべえ 7歳1ヶ月23日

9月からまたノリの学校が始まります。
そして、9月からは母(=私)も仕事に復帰します。
この4ヶ月間、ノリの医療的ケアのために学校に付き添いながら、同時にサポート体制の整備に取り組んできました。
朝のスクールパスへの送りは・・・。帰りのバス停までのお迎えは・・・。母が帰ってくるまでの間は・・・。等々

昨年度まで私は「育児に伴う短時間勤務」(就学未満の子を持つ者が対象)で週3日の勤務形態をとっていました。その3日間は、父方の祖母・母方の祖母・父(=夫)の在宅勤務で1日ずつ自宅にてのりを見てもらい、そこに訪問看護師さんとヘルパーさんに適宜入ってもらっていました。残りの2日間にノリの通園やリハビリ、通院を入れていました。

ノリが学校に上がった今年度は、フルタイムに復帰。というわけで、この度ヘルパー事業所を変え、新たに通学移動支援サービスを申請し、ヘルパーさんにがっつり入ってもらうことにしました。幸い、とても親身になってくれる事業所に巡りあい、新しいヘルパーさんにも私が在宅の間にノリの様子を見てもらって引継ぎをすることができました。さらに、今までの事業所ではノータッチだった医療的ケアも一部、注入での水分摂取をお願いできることになりました。

○ノリのサポート体制

  • 父(=夫):朝のバス停までの送り。週1在宅勤務(バス停お迎えを含む)
  • 母方祖母:週1ノリの下校前に来宅、母が帰宅するまでの間の介護。
  • 父方祖母:月2~3来宅。困ったときのヘルプ。
  • ヘルパーさん:週2バス停送り。週4バス停お迎え。家族がいない間の見守りと水分注入。
  • 訪問看護師さん:週2訪問。バイタルチェック、シャワー浴、必要な医ケア。
  • 母(=私):ノリの通学準備、学校との連絡。帰宅後の諸々。トータルコーディネート。

9月からはたくさんの目と手でノリに関わってもらうことになります。加えて、いろいろな人が入れ替わり立ち代り家に入ってサポートしてくれることになります。家族にとってもノリ自身にとっても新しい生活が始まります。

 

以下、私のひとりごと。

家族に負担をかけ、いろいろな人の手を煩わせ、そうまでしてなぜ仕事に固執するのか?
仕事といってももっと違うかたちで(例えば非常勤とか)できないのか?

いろいろ考えないではないのです。でも、「子供に障害があるから仕事をやめなければならない」というのは、違うと思うのです。さまざまな社会福祉資源・サポートを利用しながら母親が仕事を続ける方法を模索してもよいのではないでしょうか。幸い、私の今の職場では体制的にはそれが可能で、ノリの学校の先生方も私の仕事復帰に配慮してくださっています。私はフルタイムの仕事を大切にし、社会との繋がりを保ちながら、きちんと税金を納める社会人でありたい。それは、めぐりめぐって福祉の充実にも繋がると思います。

日本はまだまだ「障害がある子は母親が面倒をみるのが当たり前」という雰囲気が根強く、母親が抱え込んでしまうケースが多い。でもいずれ親も子も年をとって、介護を人の手に委ねなければならないときが来ます。そのときに慌てないためにも、早い段階で福祉サービスを利用すること、たくさんの人の手を借りられる環境を作ること、その子のことを多くの人に知ってもらうことは、決して悪いことではないはずです。

そうは言っても、ノリを含めた家族の生活・健康が最優先。仕事も身を引き締めてかからなければならない責任あるもの。それぞれのバランスをうまく保てるようやりくりしながら、できるところまでやってみようと思います。

 

 

ショートステイ

のりべえ 7歳1ヶ月22日

 今日からのりは療育センターでショートステイです。今回は2拍3日。昨年度は2ヶ月に1回くらいの頻度で利用していましたが、4月からは学校生活に慣れるのを優先して、今日まで利用していませんでした。

 久しぶりだけど、のりは大丈夫かな。看護師さんは初めてお見かけする男性の方だったけれど、とても優しそう&きちんと話を聞いてくださったので、まずは一安心。

 この間に、のりの9月からの学校生活に向けての準備に加え、自分の仕事復帰に向けての準備も整えなければ。

 

髪を切りました

のりべえ 7歳1ヶ月20日

 きれいに梳かすとシャンプーのコマーシャルに出られそうなノリの髪でしたが、あまりに長くなりすぎてきれいに梳かすのも一苦労、縛るのも一苦労という状態に。そこでどうにかして髪を切るのが夏休み中の懸案事項になりました。

 そしてついに切りました。とはいえ、胃チューブを引っ張らないようにいつも髪ゴムに挟んでいるので、ショートというわけにはいかず。どうやって切ったかというと、ひとつに三ッ編みした状態で、真ん中あたりからザクッと行きました。お侍さんみたいに。

 髪を下ろしていると一見わかりませんが、洗髪がだいぶ楽になりました。梳かすのも。ひとつに縛ると女剣士さながらです。(三ッ編みはできなくなりました。)

 先日家に来てくれたヘルパーさん。ノリを見てもしばらくまったく気づかなかったのですが、何の気なしにノリの髪を手櫛でといていて「あれっ!のりちゃん髪切りました?」手の感覚は視覚に勝ります。

旅行振り返り。

のりべえ 7歳1ヶ月7日

2泊3日で旅行に行ってきました。今回のポイントは、

  • ネットスーパー
  • 新幹線の車椅子席
  • ジャンボタクシー
を利用したこと。
<ネットスーパー>
食材・水・オムツなど嵩張るものを先に送り込んでおいて身一つで乗り込もう、という算段。行きは圧倒的に楽だが、旅行先で消費しきれないと文字通り始末に困ることになる。消費の見込み、現地の在庫状況を元に慎重に計画・発注すべき。
<新幹線の車椅子席>
今回、メインの移動手段は新幹線。車椅子での乗車のために準備されている「車椅子席」を利用してみた。
難関その1:予約が大変。車椅子席はみどりの窓口での取り扱いが特殊(現地の列車指令所?で座席を確保して、座席番号なしで発行した指定席券に手書きで座席番号を記入するようなやり方)。窓口で車椅子乗車を希望する旨、申し出て、何か用紙を書いて。行きの切符を買った池袋駅では係員が気を利かせてくれて「とれたら電話しますので携帯の番号を教えて下さい」で買い物を2つ済ませることができたが、帰りの切符を取った品川駅では「この窓口では扱えないので」と別のみどりの窓口に移動させられたうえ、なんだかんだで1時間半待つ羽目に。
難関その2:気まずい...。車椅子席は3人がけシートの通路側を空けて車椅子用のスペースを確保するのだが、車椅子から座席に乗り移っての利用を想定している。よって、家族4人でボックスシートに座っていこうと考えて、1A1B2A2Bの4席を確保した。しかし、実際には欠けている3人がけシートの「1C」に車椅子を置くことになる。しかも、夏休みの繁忙期には平気で2Cによそのお客様が座ることになる。行き。2C席には同じ駅から乗ってきた女性。「すみません、このシート回していいですか?」「え、これまわすんですか...」
結果、座席配置はこんな感じに。
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この座席配置で私達は食事を始めてしまったので、やりづらかったことと思う。すみませんでした。
帰りは、2C席に既に座っていた男性に窓際の席に移っていただき、以下のような座席配置に。
20110814kaeri.gif
これはまあ、平和といえば平和。次回からは1A1B1D1Eと横並びで席を取ろう、と考えている。
注意点:車椅子席を利用するからといって、障害者割引が自動的に適用されるわけではない。予約の際に手帳を提示してその旨を伝えれば、障害者本人と介助者の乗車券が割り引かれる。

<ジャンボタクシー>
車椅子がたたみにくい形式のものなので、ジャンボタクシーを予約して利用。料金は「通常タクシーの2~3割り増し程度(業者談)」だったが、裏道を駆使して素早く送り届けてくれるので割高感はまったくなかった。

<最寄り駅のエレベーター>
もうひとつ、忘れてはいけないポイント。先日、最寄り駅のエレベーターで比較的大きな事故(ロープ断裂→落下)があり、運転再開のめどが立っていない。駅に行くと、屈強なワカモノタチが4人がかりにで車椅子を運びおろして/運び上げてくれる。ありがたいことだとは思うが、「歩けるけど階段はつらいお年寄り」や、「乳児をだっこ、幼児をベビーカーで連れているお母さん」はどのようにしているのか心配になる。

総合的には「やっぱりおうちが一番」。これは旅行を否定するということではなく、おうちあってこその楽しい旅行、ということ。

車椅子の仮合わせ

のりべえ 7歳0ヶ月29日

連日の療育センター、今日はPT立会いのもと車椅子の仮合わせ。

学校にあがると車椅子(後ろのタイヤが大きいもの)が必要になる。バギーは不安定でブレーキもなく、スクールバスに乗れない。学校にあがるときには福祉面での補助も使えるので、のりも車椅子を新調することに。(4月からは学校の車椅子を借りていた。)

110805車椅子仮合わせ.jpg今回はPTの先生にお願いして、学校に出入りの業者で作ることにした。のりの場合の一番のポイントは、首の角度。首の後ろが縮んで顎が上がった状態だと呼吸に支障をきたす。文字通り、首がネックなのだ。今まで乗っていたバギーもヘッドレストがまったく合わず、苦しそうでいつも両手が開いて突っ張ってしまっていた。体幹コルセットを装着したまま乗るので、今回のは背を張りタイプにしてマジックテープでたわみを調節できるようにし、ヘッドレストを背もたれと独立させて高さや角度を調節できるものを作ることに。

 こちらの希望を聞きながらPTの先生がとても細かく指示して下さり、ベテランの業者さんと意見を交換しながら細かいところまで詰めていった。ヘッドレストに関しては特に細かい注文。業者さんはその場でウレタンスポンジをナイフでくり抜き、注文どおりの形を作っていく。さすがプロだ。

 以前は私も無知で、装具を作る際に「ここは絶対ゆずれない」と強く出ることができず、PTさんや業者さんにそれをうまく伝えることができずに不本意な仕上がりになってしまうことがあった。今回、今のPTの先生はとても熱心に向き合ってくれ、私の意見や要望も聞いた上で、のりにはこういうのが必要でこうしたらよいだろうという意見のすりあわせができたことが、とても心強かった。業者さんに対しても妥協しない姿勢をとってくれたのもありがたかった。

のりは仮合わせの車椅子に乗ったまま待ち時間中ずっと寝ていた。わりとすんなりラクそうに座っているのでいいかんじ。仕上がりは9月の頭。楽しみだ。

110809短下肢装具.jpgそうそう、短下肢装具も今日仕上がりだった。濃ピンクのベルトにかわいい柄の入った本体。のりによく似合っている。

PTと久しぶりのOT

のりべえ 7歳0ヶ月28日

今日はリハビリで療育センターへ。PTOTのはしご。PTは継続して2週間に1回入れてもらっていたが、OTはお休みの期間があったため3ヶ月ぶり。

先日の嘔吐からラコールを極端に減らしソリタの水分摂取を多めにしたので、あれから熱も特に上がらず表情やSpO2値も良い。が、昨晩はまたラコールを吐いてしまったのと、左肩の硬さ・緊張の強さが気になるところ。

  110804PT.jpg    PTは、いつものように首周りから。先生は最近ののりの様子を聞いたあと、しばらく無言のまま大きな手でのりの頭と肩を緩めていたが、一言、「硬いですね~・・・。」ゆっくり時間をかけて少しずつ、のりの自発的な首の動きをコントロールしながら緩めてくれた。始め横になったときは緊張で身体をひねったり手をばたつかせていたのりも、だんだんリラックスして呼吸も楽そうに。やはり家にいるとついつい身体を動かす機会が減ってしまう。ちゃんと時間を決めて、定期的に身体を緩めてあげなければとちょっと反省。

 最後にお座りをするとニコニコに。視界が広がって嬉しそう。そのまま先生がOT室までだっこして連れて行ってくれた。OTは主にものを使った遊びをおこなう。のりは久しぶりに会う女性の先生を見上げて確認、「アー」と声を出して挨拶していた。ちゃんと覚えていた様子。

まずは以前もよくやったカラフルなおもちゃの鉄琴から。ゴムをつけたスポンジの持ち手を先生と一緒に握り、シャラララと音を鳴らす。楽器の音色が好きなのりはニッコリ。ゴムを手の甲に引っ掛けて一人で持てるようにし、先生は肘だけ少し支えてのりに演奏を促す。最初はがんばって手を動かしていたが、だんだん疲れてきたか、飽きてきたか、目がとろん。

110804OT.jpgびっくりしたのは次のおもちゃ。ブタさんの貯金箱に大きなコインを入れると音楽が鳴るもの。周りが賑やかで音楽はあまり聞こえなかったが、なんと、コインを投入口に置いてあげると、のりがいっしょうけんめい手を近づけようとする。うまく乗っかると少しの力で入っていくのでちょうどよい。特に赤のコインは見やすいのか、ちゃんと視線を合わせ、手も狙ってコインに触れようとしていた。おもちゃに対して積極的に手を動かそうとするのは珍しい。先生も驚いていた。これも学校効果か。

帰りの車に乗ると、いつもより座高が高く姿勢が良い。やはりリハビリは偉大だ。

久々に

のりべえ 7歳0ヶ月25日

 何の前触れもなく、のりが吐いた。風邪をひいた様子はないし、午前中は学校に行ってエアトランポリンやDVD鑑賞をしてきて、夜のラコールもいつもどおり終了して寝ていると思っていたのに・・・

夜9時すぎ、ちょっとゴホッゴホッと咳き込んだ後、痰といっしょに少量の消化しかけのラコールを吐いた。少ししてからシリンジで口内洗浄をしたら、それに誘発されたか、ゲブゲブ吐き出した。痰が切れないようでえづきが止まらず、ラコールの塊を次から次へと吐き、チューブも吐き・・・。はぁ~・・・。途方にくれつつも、長男がタオルを用意したりのりに声をかけたりして手伝ってくれ、気を取り直して処置を始める。

鼻チューブがなかなか入らず。吸引ついでに通り道を探るがダメ。ここのところ右の鼻に入りにくい。前はすっと入ることも多かったのに。私ものりも汗だくで、なんとか入ったのが夜の11時。水分を摂らせなきゃとソリタを入れたら、また口をモゴモゴさせ、吐いてしまった。もう胃液しか出ないのに、まだオエオエしている。胃がやられたか?

悪いと思いつつ飲み会中の夫に電話し、帰ってきてもらう。大好きなパパだっこで嬉しそうにするも、しばらくしてえづく胸の動きが・・・。結局、薬も水分も入れられないまま、疲れたのりは寝てしまった。熱は若干あるが呼吸はそれほど荒くはない。SpO2も良値。

最近チューブが入りにくくて何度もやるうちに喉を傷つけてしまっただろうか。そういえば分泌物が多く飲み込みが悪かった気もする。夏風邪をもらって来たか?明日、水分をちゃんと摂れないようなら受診しよう。

久々にぐったり疲れた。こういうことがあるたびに、胃ろうの検討が頭をかすめる。

夏休み前を振り返って

のりべえ 7歳0ヶ月14日

無事に夏休みまでこぎつけました。入学以来、体調不良で欠席したのはたった1日。のりは本当にがんばりました。

例年、夏になり始めのころに嘔吐が始まり、蒸し暑くなると体温調節が効かなくなり、悪いと高熱が続いて入院・点滴という魔の時期がありました。が!今年は、少しゼコついたときに吸引したせいで一週間ほど吐く時期があったものの、朝のラコールをソリタに切り替えたり、ラコールの前にソリタを先行注入する(巡回診の小児科の先生やステーションの看護師さんのアドバイス)などが功を奏してか吐き癖もおさまり、体調の大きな崩れもありませんでした。

学校ってすばらしい。毎日同じ場所に行き同じ顔ぶれに会うことで、早い段階でリズムができ、日に日に慣れていくのがわかりました。授業はのりに合ったくんれんやグループ学習で、合間合間にはウトウトできる適度な緩さがあり、姿勢をまめに変えてもらって体に熱が篭ることもなく、学校に行くと調子が良くなりました。1年生のクラスも和気藹々。給食の時間はおしゃべりが飛び交い、のりも刺激をもらって楽しそうでした。

そして、のりがほぼ休むことなく通えたことで、夏休み前に完全に母の付き添いが外れました!

のりは医療的ケアがあるため、母はこの3ヶ月間余り毎日のりの学校に通っておりました。学校には常勤・非常勤の看護師さんがいらっしゃいますが、すべての医療的ケアの児童・生徒に看護師さんだけで対応するには無理があり、校内での吸引や注入は原則、研修を受けた指定教員がおこないます。新小1は入学してから間がないため、早くて6月の巡回診のあと、指定教員の研修が始まります。それまでは保護者によるケアということで、母は思い切って夏休みまで休職し、ケアをしに行っていました。

  • 入学当初~ スクールバスに乗れないため車で送迎。学校で2回の導尿と、水分・ラコールの注入。
  • 5月初め スクールバス乗車の許可がおりる。吸引の必要がないことと、のりの体調が良かったため。
  • 5月中旬~、非常勤看護師さんの導尿の手技を確認。(看護師さんのほうがプロなんだけど)
  • 6月上旬、注入(水分、栄養)の指定教員決定。
  • 6月下旬、注入の指定教員研修。
  • 7月上旬、指定教員と常勤看護師による実施開始。
  • ~7月中旬、非常勤看護師さんの注入の手技を確認。→晴れて引き継ぎ完了!

振り返ればあっという間でした。毎日行くのは大変でしたが、それがあったからこそ担任の先生と話せる機会も多く、質問できたり要望を伝えられたり、逆にこちらができることは最大限協力でき、いろいろなことがスムースに運んだのだと思います。また、授業で何をやっているのかとか、のりがどんな様子だとかを見ることができ、学校の流れもつかめて、母としても安心でした。のりの体調を第一に考えた上で、学校のほうも母の仕事復帰のためにいろいろと配慮してくださり、医ケアについてもトントン進めてくださいました。担任団の先生がた、医ケア担当の先生、看護師さん、そして医ケアに理解をもって積極的に進めることを許可してくださった校長先生に感謝、感謝です。

 

 

 

夏祭り

のりべえ 7歳0ヶ月9日

今日はのりの学校の夏祭り。小豆色のじんべえを着て、開始時間の16時に間に合うよう車ででかけました。体育館付近では、夏祭り実行委員のお母さん方を中心に焼きソバや飲み物の模擬店が出、外部団体のかき氷やパンの販売もありました。のりはクーラーの効いた体育館内で、有志の太鼓やマルモのダンス、先生方のコンサートや秩父太鼓などのステージ発表を楽しみました。夏祭りはPTAと学校の共催行事ですが、土曜なので先生方はみなボランティアです。さすがです。

あまりの暑さと熱気に、のりはしばらくはぐったり目を閉じていました。脇アイスで冷やして、ソリタ水をこまめに入れて、うちわで扇いで、かき氷をちょっぴり唇につけて・・・やっと復活し、鳩尾にズンズン響く太鼓の音に笑顔を見せていました。

途中から合流した兄とヨーヨー釣りに行くも、すでに店じまい。先生がすまなそうにヨーヨーを持ってきてくださいました。こちらこそ遅くに行ったのですみません。ありがとうございました!兄は買っておいた焼きそばやパンを頬ばりかき氷を啜るとやっとお祭りの雰囲気になじんできて、けっこう楽しんでました。

夏祭りのフィナーレは花火!芝生の校庭をいっぱいに使って、先生方が走り回って点火していました。19時すぎでもまだ明るい中でしたが、芝生の上を吹く風は涼しく、花火の煙が風景にかぶさっていく様子も幻想的でなかなか風流でした。打ち上げ花火や大型花火、ナイアガラと盛り上がって、最後は連発花火で幕を閉じました。

初めての夏祭りだったので、家族4人お客さんとしてただただ楽しませていただきました。家族そろってイベントに参加したのは本当に久しぶり。のりも最後までばっちり参加できるくらい、外出にも賑やかな場にも慣れたのはここ3ヶ月の学校生活のおかげです。のりの姿を見つけて温かい声をかけてくださる先生方、お友達のママたち、PTAの夏祭り実行委員のお母様方、皆さんありがとうございました。

 

7月7日で7歳

のりべえ 7歳0ヶ月0日

おかげさまで元気に満7歳の誕生日を迎えました。
例年暑くなると/湿度が高くなると頻発する嘔吐、今年は6月後半に少しあったものの、もう治まっているようです。
学校にもほとんど休むことなく通えています。ほんとうにありがたいことです。
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そうそう、髪がだいぶ伸びました。寝ていることが多いのりべえは、気をつけていないと髪がフェルト状に絡まってしまうのですが、風呂でリンスをたっぷりして、丁寧にとかしてやると、シャンプーのコマーシャルに出られそうな具合に。

運動会と、震災の影響

のりべえ 6歳10ヶ月15日

昨日は長男の運動会でした。ここ数年、運動会に連れて行くと吐く、というのがほぼ定番になっていたのですが、今年は無事でした。当日はラコールを少なめ(薄め)にしてソリタをまめに入れる、とか、無理して最後までいようとせず昼食後には帰る、といった工夫が奏功したように思います。

ラコールといえば、今年3月におきた東日本大震災で、のりべえの生活にも若干の影響がでました。
■ラコールの品薄
ラコールや競合商品のエンシュアを製造する工場が被災、処方してもらっても薬局にない、という状態に。かなり改善されましたが、それでも供給は不安定で、処方箋には「ある分だけ」という但し書きを付けられています。このように書かれてしまうと、薬局側では在庫分を出してそれで終わりになってしまい、その後入荷があっても処方がないので出せない、ということになってしまいます。
■おむつの品薄
震災直後、スーパーや薬局の棚から紙おむつが消えました。のりべえの場合、おむつは自治体の補助を受けていて、毎月指定の業者が配達してくれる手はずになっています。ところが、震災直後「ものがないので」という理由で配達がとまりました。おむつの流通がほぼ回復しても同じ。この流通ルートは緊急時に頼りにならない、と感じました。
■水の問題
水道水から放射性物質が検出され、ミネラルウォーターが品薄に。水道水の状況はすでに改善(文部科学省発表のデータで「検出されず」が続いている状態)したものの、ミネラルウォーターについては「お一人様x本まで」といった販売量の制限がかかっている状況。

いずれも困った状況ではありますが、徐々に改善されてきていること・他のものでの代替が可能であることから、致命的ではありません。被災された皆さん、特にのりべえのような、障害をかかえた方の心配を減らすことを優先しているのだと信じています。

入学

のりべえ 6歳9ヶ月0日

のりべえが区内にある特別支援学校に入学しました。今日は入学式。すばらしい天気とほぼ満開の桜に祝福されての入学式となりました。
のりべえを支えて下さっている皆さん、見守っていて下さる皆さん、心配していて下さる皆さん、本当にありがとうございます。
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のりべえ 5歳11ヶ月29日

あと15分ほどでのりべえは6歳。ですが、ここ2ヶ月ほど、体調が悪く病院にお世話になることの多い(病院で体調を崩すこともあった?)日々を送っています。

けちのつき初めは5月半ばの検査入院。胃瘻の検討のため、胃の逆流検査と造影検査を行ったのだが、どうもこのときの造影剤がちゃんと排出されていなかったらしい。
5/21(金) 退院。機嫌よし。
5/22(土) 長男の運動会。いきなり嘔吐。痙攣発作も。
5/23(日) ラコール(栄養剤)の消化遅い。微熱。
5/24(月) 成育M川先生に電話で相談。心配であれば医療機関を受診してください、とのアドバイスをいただく。そんな他人事みたいに。って他人事だけどさ。
5/25(火) 嘔吐。
5/26(水) 嘔吐。近所の大学病院受診。ロタウイルスではないかとの診断。レントゲンを撮ってもらうべきだったと今では思う。
5/28(金) 白っぽい円筒形の排便。ほらやっぱり造影剤残ってるじゃないか!
5/29(土) 大学病院再受診。レントゲンを撮ってもらうも、空振り。
~ 症状治まるも、痙攣発作が増える。
6/7(月) 通園。強い日差しの下、お散歩。
6/8(火) 疲れたのか、ずっと寝ている。
6/9(水) 朝方37度台だった熱が、夜になって40度に。大学病院に担ぎ込む。SpO2が低く、入院することに。急性気管支炎・低酸素脳症との診断。
~ 点滴と抗生剤が奏功、炎症は治まるが、SpO2が回復せず、入院は長引く。
6/20(日) 退院。前日に緊急入院・同室になった子が水疱瘡か何かに起因する脳症だったらしく、隔離するのしないのという話になる。長いこと入院しているとそういうリスクも出てくると実感。
6/23(水) 成育受診。M川先生「そんなことがあったんですか」とすまながったらしい。そんな他人事みたいに。
6/26(土) 退院後の様子をみるため、大学病院受診。SpO2 97。
6/28(月) 体温高い。38度。通園。発作頻発・咳。
6/30(水) 39度。点滴・抗生剤で37.6度しかし帰宅してまた上昇。
~ 以降、朝39度台→昼間は下がる、を繰り返す
7/6(火)

こうしてみると、外出するたびに体調を崩しているような印象。
出不精の血が流れている、ということか。<たぶん違う。

何があったかというと

のりべえ 5歳2ヶ月15日

4ヶ月ほど更新の間があいたので、その間の出来事をまとめてご報告。

  • 2009年7月7日で5歳になりました
    身長95~100cm強(測り方によって大きく誤差が出る)、体重13.5kg。
  • 変形
    体を自由に動かせないため、関節が変形してきている。特に左膝は常に曲がっている状態。装具などで矯正するよう心掛けている
  • 嘔吐
    だいぶ頻度は減ったが、まだ月に数回は吐く。朝のラコール注入後、椅子に座らせている状況、注入が終わって落ち着かないうちに体を動かす、大泣きしたとき、などは引き続き注意が必要。
  • 歯が抜けた
    下前歯2本がぐらぐらしているな、と思っていたらある日1本が消失。すわ誤嚥か、と病院でレントゲンまで撮ったが、あとで部屋の隅から発見。もう1本は病院で抜いてもらった。カルシウムの摂取も多くなく、そもそも歯を使うことがほとんどないので永久歯が生えてくるか心配。

1900日目の試練

のりべえ 5歳2ヶ月15日

「シルバーウィーク」初日はのりべえが生まれて1900日目。
それを記念してか、またしてものりべえを緊急で病院に連れて行く事態になった。経過を簡単に追うと以下のとおり。

  • 9/19 朝
    37.6℃の熱と、咳。ソリタやラコールを注入しても咳き込んだ拍子に吐いてしまう。栄養チューブも吐き出してしまう。
  • 9/19 10:00過ぎ
    近所の大学病院の小児科外来へ。点滴で輸液、血液検査とインフルエンザ検査。インフルエンザは陰性。「まあ風邪でしょう」との見立て。フロモックスとムコダイン・ホクナリンのドライシロップを処方してもらう。
  • 9/19 14:30
    処方された薬を与えたが、しばらくして熱が上がる。39.4℃
  • 9/19 16:30
    さらに上昇、40.6℃。東京都の救急相談センター(#7119)に電話するも、状況を聞いたあと「かかりつけの病院があるならそちらにご相談ください」とのこと。続いて大学病院にも電話。「インフルエンザの検査は本格的な発熱後12時間たたないと結果が出ないので午前中と同じことになるが、気になるならつれてきて」。
  • 9/19 17:30
    インフルエンザであるか否かよりものりべえの体が心配なので、大学病院の救急外来へ。レントゲン(肺炎を疑って)とインフルエンザ検査。共に陰性。家に連れ帰り、体を冷やし、安静にしてやれ、とのこと。
  • 9/19 21:30
    熱、下がらず。40.1℃。呼吸も苦しそう。アンヒバを使用。実はアンヒバを使うのは初めてのこと。
  • 9/20 00:15
    38.9℃
  • 9/20 07:00
    37.5℃。呼吸はまだ苦しそう。泣く元気が出てきた。
  • 9/20 11:30
    39.5℃。一進一退。
  • 9/20 20:00
    38℃台が続く。が、呼吸はときどき咳き込むだけになってきた。
  • 9/20 22:30
    36.8℃。
  • 9/21 07:30
    37.8℃。咳は減り、笑顔も見られるようになった。痰も出てきているがまだ油断は禁物。
  • 9/21 21:00
    熱は36℃台まで下がったが、喘鳴が残っている。喉がゴロゴロ、というより奥のほうでカリカリ言う感じ。
  • 9/22
    36.8℃~37℃台前半くらいの微熱が続く。

2度にわたってインフルエンザの検査を行い、いずれも陰性だったが、今回の一連の病状が新型インフルエンザでなかったという確信は得ていない。これから家族に感染が出ないことを祈るばかり。

嘔吐ふたたび

のりべえ 4歳10ヶ月10日

一時期おさまっていたのりべえの吐き癖が復活した。前回の通院以降、1ヶ月に10回ほども吐いただろうか。
CTを撮ってもらったが脳室の拡大は見られなかったとのこと。まずは一安心だが、ちょっと気になることはある。

のりべえは自分の意思で首を動かすことができないので、後頭部の髪はすぐに鳥の巣のようになってしまう。それを解決するために「電動ヘアブラシ」を使っているのだが、これがどうも磁石を内蔵しているらしいのだ。

どの程度の磁力でシャントに影響が出るのかを調べていたら「磁石のおもちゃによるシャントバルブトラブル」と題するエントリーが見つかった。のりべえに埋め込まれているCodmanのシャントは、5~30mmくらいまで磁石を近づけると影響が出るらしい。なにぶん、バルブのすぐ近くで使うものなので念のため使用を中止したが、シャントバルブの圧設定は自然に復旧するものではない。状況を見て設定を見直してもらう必要があるだろう。

電動ヘアブラシ自体はとても重宝だったので残念な限り。早く白黒つけて、できることならまた使ってやりたい。

のりべえ 4歳9ヶ月21日

のりべえと2人で病院にいくときは、いつも晴れ。妻がのりべえを連れて行くときや、私が一人で外出するときには普通に雨がふるのに、2人で病院にいくときは、いつも晴れ。これは雨男・雨女ならぬ晴れ親子だ、と思っていた。
この間、できてきたばかりの車椅子にのりべえを乗せて病院にいったが、残念ながら最寄の駅からの帰り道、降られてしまい連勝記録はついにストップ。終日雨、午後は大雨の予報でもその程度なので、まだ晴れ親子を名乗っても怒られないはず。<だれに?

というわけで、のりべえにとってはじめての車椅子が届いた。注入用のイルリガートルをかけるポールも、姿勢が傾いてしまいがちなのりべえにフィットするクッションもついている。車体が重いのでバスの乗り降りは不便になってしまったけれど、頑張って行動半径を広げなければ、と思っている。

吐き癖のほうは、前々回の通院で脳外科の先生からも「問題なし、今後は半年に1度くらいCTなどで経過を見ていく」というお墨付きをいただいたのだが、注入の量を増やしたらまた頻繁に吐くようになってしまった。一進一退ではあるが、とりあえず注入の量を元に戻して様子を見る。

「初」熱

のりべえ 4歳6ヶ月3日

もう松も取れましたが、皆さん、明けましておめでとうございます。
おかげさまで年末年始は無事に乗り切り、元旦には家族そろって初詣にも行けました。

が、今日になってのりべえは急に38.9度の高熱。
普段だったら少し様子を見るところなのですが、私が明日未明に休日出勤する予定だったこともあり、さっさと近所の小児科に。インフルエンザや正月に義兄と姪がやられたマイコプラズマ肺炎、一昨日発熱していた同僚の顔なんかが脳裏をよぎりました。
インフルエンザの検査をしてもらいましたが陰性(発熱から8時間くらいたたないと正確な検査はできないとのことでしたが)。連休初日ということも考慮して、薬をだしてもらうことになりました。抗生剤(フロモックス)と気管支拡張剤(ホクナリンテープ)、あとは去痰剤(プルスマリンAとムコダイン)。

帰ってきてしばらくしたら、機嫌もよくなって熱も平熱に下がりました。薬もまだ飲ませてないのに(笑)。
のりべえはちょっとした病気や怪我でも対処しそこねれば命にかかわるので、今年は早め早めの受診を心がけようと思います。

便りがないのは

のりべえ 4歳5ヶ月23日

1月以来の更新となりました。
おかげさまで今年のクリスマスは救急車に乗らずに切り抜けました。のりべえも基本的には元気で年の瀬を迎えています。
以下、簡単に現状報告を。


6月ごろから、食事(経管栄養で注入した栄養剤)を戻してしまうことが増えました。今年ののりべえ関連では最大のトピックといっていいでしょう。
9月には嘔吐が増えたということから入院して逆流の検査(食道内pHモニタリング)などを受けました。ところが「せっかくの機会だからついでに」撮ったMRIで脳室の拡大が見られるとの結果が出て話がややこしくなりました。シャントのトラブルだから交換の手術をすべき、と脳外科の先生には言われたのですが、嘔吐以外の問題はなく、のりべえの機嫌も至極よかったため、シャントの圧設定だけ下げていただいて経過観察とさせてもらいました。このどたばたで4日間の予定だった検査入院は10日間に延びました。10月11月は圧設定変更が功を奏したのか好調でしたが、ここ数週間はまた風邪気味でときたま嘔吐もしています。

心配事はつきませんが、2009年は家族一緒に家で迎えられそうです。ささやかではありますが幸せなことです。
皆さんも、どうかよいお年を。


期間限定年賀状ページ

遅ればせながらのお正月

のりべえ 3歳5ヶ月27日

1月3日、のりべえは無事に退院。
結局、新年はのりべえと二人、病室で迎えました。
離れ離れではありましたが、引き離されてあらためて家族の絆を感じました。

私達は、家族です。

その有り難さ(文字通りの意味で!)を忘れずに、この1年も乗り切って行きたいと思います。
本年もよろしくお願いします。

のりべえ 3歳5ヶ月22日

12月25日未明、のりべえが急性肺炎で入院しました。対処が早く適切だったためか、容態は既に落ち着いています。
しかし、退院は年明けとなりそうです。入院前後の経緯や、のりべえが3歳になってからの半年間のできごとなどは、また後日書こうと思います。
とりあえず、危なかったけど、無事です。

そして3歳

のりべえ 3歳0ヶ月0日

今日はのりべえの誕生日。今日で3歳になりました。なにかあっという間に3年過ぎたような気がするが、そのあっと言っている間に上の子は小学2年生ですっかりおにいちゃんになり、職場も家も引っ越し、私の面の皮と腹の肉はさらに厚くなった。
まったくたいした「あっという間」である。

全面「敗訴」

のりべえ 2歳11ヶ月8日

先日のりべえの保育園受け入れに関して区役所に不服申し立てをしたが、その検討結果を聞きに、妻、のりべえと3人で練馬区役所へ。おおむね予想されていたことではあったが、結果は「敗訴」。今回の一連の動きがムダだったとは思いたくないが、行政の何が変わるというわけではない。徒労感がないといえば嘘になる。

福祉事務所は配慮を約束してくれたが、正直、大して役に立つわけではない。双方の祖母に日替わりで見てもらい、ヘルパーさん、東京都の訪問看護サービス、民間の訪問看護ステーション、私の時差勤務を組み合わせてのりべえを世話することにする。

退院

のりべえ 2歳9ヶ月26日

急性肺炎と電解質異常で入院して1週間、のりべえが無事に退院しました。
まだ痰がからんでゴロゴロいったりもしますが、熱はすっかり下がり、元気です。

御心配いただいた皆様、ありがとうございました。

急性肺炎で入院

のりべえ 2歳9ヶ月20日

前回の検査入院から一ヶ月。のりべえがまたも緊急で入院することとなった。診断は急性肺炎と電解質異常。26日夜から咳が始まり、27日の朝に39度台の発熱、呼吸も荒くなったため板橋の病院を受診、成育医療センター救急外来に回ってそのまま入院となった。
酸素吸入と点滴が功を奏し、容態は安定したが、1週間程度の入院が必要となりそう。

ゴールデンウィークはのりべえについていてやれ、というお告げかもしれない(笑)。

保育の保

のりべえ 2歳9ヶ月13日

練馬区役所のN課長から連絡があり、再び区役所へ。先方の会議参加者は、前回お会いしたN課長、A係長に加え、課長2人、係長1人、福祉事務所の所長1名、計6名。
「決定に先立って、どのような方策がありうるかの検討」という趣旨。N課長としては保育だけでなく、療育での受け入れという道がないか探りたい様子。だが、話を聞けば聞くほど「保育か療育か」という択一にはあまり意味がないように思えてくる。
我々が望んでいるのは、安心して預けられる場であり、保育(=保ち・育む)の保、なのだ。役所が提示できるのは育むほうのバリエーションだけなのだろうか。

不服申立と口頭陳述

のりべえ 2歳8ヶ月7日

のりべえを保育園には受け入れられない、という区の決定に対し、行政不服審査法に基づく不服申立を行い、口頭陳述に行ってきました。
先方は今回の件をメインで担当してくれているA係長、その上司のN課長、書記役としてKさん、そしてSさんという保育園の園長経験のあるかた(陳述中、のりべえをずっと抱っこしていて頂きました)。先方も口頭陳述は初めて、とのことでしたが、思っていたよりフレンドリーで、心置きなくしゃべることができました。ただ、区役所側はあくまで「傾聴」で、質問に対する回答は基本的になく、時間の許す限りこちらから一方的に喋るだけで、不明点について質した上で議論しようと思っていたこちらのもくろみは外れました。そのまま提出してもこちらの意見を伝えきれるレベルの文書を作っていくべきでした。しかし、(これはおそらく口頭陳述に関するルールなのでしょうけれど)相手からまったく反応が返ってこないのなら、顔を合わせて口頭で意見を述べることの意味ってあるのでしょうか……。
さて、つっかえつっかえ15分ほどかけて話した内容は、おおむね以下の通り。

  • のりべえを預かってもらえないと、私か妻が休職・退職を余儀なくされることになり、大変困る
  • 保育の実施可否・保育所での受け入れは、保育に欠ける度合いで判断すべきものであり、障害の有無・軽重で判断するのはおかしい
  • 受け入れ判断の基準となった「区立保育所障害児保育取扱要綱」の存在・内容が事前に示されていない。そもそもそうした規則は実在するのか
  • 保育申請も正常に受理されており、結果的に昨年11月の申請から2~3ヶ月の間、保育に関する代替策を検討できなかった。このプロセスに問題はないか
  • 施設・人員などの未整備を理由として入園申請者を選考することは児童福祉法でも許されているが、それらリソースの整備状況が実情に即していない場合は、行政の怠慢であると言える。区内の保育所で受け入れている児童に占める障害児(特に重度障害児)の割合が、区内全体のそれと著しく乖離はしていないか
  • 当方としては集団保育にこだわってはいない。児童福祉法に記述のある、市町村による「その他の適切な保護」にあたる方法を示してほしい
  • 妻の復職は4月を予定している。3月中に何らかの回答がほしい
  • 私なり妻なりが退職を余儀なくされる場合、現行制度下では自己都合退職となりかねない。公の制度の不備による退職である旨、書面を出して証明してほしい

いろいろ書きたいことはあるのだが、続きは別途。

奪還

のりべえ 2歳7ヶ月23日

のりべえが退院した。妻はどうしても外せない用があり、私が一人で迎えに行った。

今回の検査入院のメインイベントだったはずのMRI撮影は、気道確保が難しい(MRI室では口からの挿管ができなかった)という判断から見送られ、自然入眠の状態での撮影ものりべえが動いてしまうのであきらめ、脳波測定も「眠らせての検査はこれ以上しないほうがいい」という判断から中止となった。結果、今回の検査入院で実施した検査はCTの撮影と膀胱のエコーだけで、外来に1日いればできてしまうレベルのものである。
とはいえ、そんなところで危険を冒してまで強行してもらっても何もいいことはないので、先生方の慎重な判断には感謝したい。

脳外科の先生の都合で、8時40分に病棟入り(ちなみに、前夜21時過ぎに先生から直々に電話をいただいたのだが、そんな時間に医者から電話が来ると入院患者の親の寿命は2年くらい縮むことを御存じないらしい)。脳外科の先生の話。CTで見る限り、脳室内の圧力が増している兆候は見られない。また、腰の手術跡も、髄膜瘤が再発するようなこともないようだ、とのこと。また、今後、なにか緊急で大きな手術を受けるなどの際に麻酔がかけられないことに問題はないか、との質問に対しては、手術室であればそうした事態に備えての設備等があり、大丈夫だろうとの明快な返事をいただいた。またいずれMRIは撮ることになるが、その際は手術室で麻酔をかけ、手術室にある小型の機器で撮影するといった手を考えるそうだ。
10時にはベッドを空けなければならないと言われていたが、総合診療科の先生との話が済んでいなかった(+当日入院する患者も予定されていなかった)ので、導尿と注入もさせてもらった。薬を処方してもらい、物品を受け取り、(合間に私も食事をし)、退院手続きをして病院を出たのは12時過ぎだった。そしてのりべえと私の冒険はまだ始まったばかりだった(じゃじゃーん)。

圧倒的な不在感

のりべえ 2歳7ヶ月22日

のりべえが検査のため入院した。
今回は脊椎全体をMRIで撮影(1時間くらいかかるそうな)するため、全身麻酔となる。
ひさびさの病棟、麻酔医の診察、同意書への署名などなどを済ませて帰宅。
長男の帰宅には間一髪間に合わず、心細い思いをさせてしまった(でも泣かずに待っていたのはえらい)。
それにしても、のりべえがいないとものすごく「いない!」という感じがする。普段それほどうるさいわけでも手がかかるわけでもなく、寝ているか座っているかしているだけなのに、この圧倒的な「不在感」はなんなのだろう。

事前保育に行ってきました

のりべえ 2歳6ヶ月10日

一昨日と今日、午前中2時間ずつ、地元の保育園で保育体験してきました。
初日は、初めての場所と同じ年次の子達の声に戸惑って泣いちゃう場面もみられましたが、二日目はなんとも余裕の表情。先生の抱っこにニコニコ、お友達に手を触られてもニコニコで、愛想をふりまいていました。40分くらい母と離れてクラスにいたけれどへっちゃらでした。お友達はとても優しくて、自分よりも大きいくらいのノリちゃんをイイ子イイ子したりおもちゃを持ってきてくれたりと、子供たちなりの交流をしていました。ノリちゃんは明らかに生き生きとして、覚醒スイッチが入ったようでした。やっぱり子供の世界ってすごい。こんなふうに共に育ち合える環境があるといいなぁとつくづく思いました。先生は大変でしょうけど。
保育園では医療行為は行えないと言われて、「それなら事前保育なんて形だけじゃん、何のためにやるの」と思いながら臨んだ二日目でしたが、ノリちゃんの変化と適応力を見られただけでも二日間行った意味がありました。先生方もとても良くしてくださり、お世話になりました。

ノリちゃんは家に帰ってからも一日スイッチが入りっぱなしで、ケラケラとよく笑い、真剣にMyウクレレを爪弾き、とても活動的でした。ノリちゃん、お疲れさま。保育園、入れるといいな。

お兄ちゃん好き

のりべえ 2歳6ヶ月0日

また新しい年が明け、のりべえは2歳半になった。
最近、お兄ちゃん(長男)が寝るときに添い寝をしてもらう(してあげる)のがお気に入り。二人並べて布団に放り込み、本を読み聞かせるとすごい勢いで寝付くので、親としてもありがたい。

ん、今日は長男の寝つきが悪いようだ……。
期間限定リンク:年賀状ページ
本年もよろしくお願いします。

2歳と2ヶ月と2日

のりべえ 2歳2ヶ月2日

のりべえが最初に入院したのは生まれた当日、0歳の7月7日だった。2度目の入院は1歳の8月8日だった。今日は2歳の9月9日。別に縁起をかつぐわけではないが、目を離さずしっかりと抱きしめて一日を過ごす。あと5時間。

初めての秋

のりべえ 2歳1ヶ月3日

暦の上ではもう秋となった。
あの緊急入院から1年。のりべえにとっては初めての「病院の外ですごす秋」となる。のりべえにもこの美しい季節を存分に味わわせてやりたい。

のりべえ 2歳0ヶ月0日

2年前に生まれたのりべえが、2歳になった。
何も不思議なことはない。けれどそれは、素晴らしいことであるように思える。
のりべえがいま、そばにいてくれることに感謝したい。

のりべえ 1歳9ヶ月15日

NIKKEI NETの記事「妊婦の9割超、「葉酸」不足・先天異常招く恐れも」より。


 妊婦や若い女性に大切な栄養素である「葉酸」を、厚生労働省公表の摂取量の目安よりも多く摂取している妊婦は7.5%で、90%以上の妊婦が摂取不足なことを横浜市立大学などのグループが突き止めた。足りないと胎児の先天異常や妊婦自身の貧血・妊娠中毒症などにつながる。22日から横浜市で始まる日本産科婦人科学会で発表する。
 妊娠5カ月目の妊婦53人に食事内容を聞き取り調査し、妊娠中の2カ月間の摂取量を推計した。平均摂取量は1日当たり275マイクロ(マイクロは100万分の1)グラムだった。厚労省は、妊娠可能な年齢の女性は1日に400マイクログラム以上摂取することが望ましいとする指針を 2000年に公表。この目安を上回った女性は全体の7.5%にとどまった。
 胎児の先天異常には、妊娠中よりもむしろ妊娠前の葉酸不足が影響しているとされる。ただ食習慣は短期間には変わりにくいため、こうした不足状態が妊娠前から続いていた可能性が高い。

厚生省(当時)が「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に係る適切な情報提供の推進について」と題するリリースを出したのは2000年のことだが、残念ながら私のところにこの情報が届くことはなかった。
葉酸は妊娠初期に大量に必要となるらしいので、(よほど計画的にことを運ぶのでなければ)普段からの摂取を心がけるべきである。いまさらほうれん草をむさぼり食べてもサプリメントを飲みまくっても意味がない、というのが本当に悔しい。

お兄ちゃんの入学式

のりべえ 1歳8ヶ月30日

長男の入学式。のりべーも抱っこされて参加。とてもおとなしくいい子にしていたのだが、2年生の「よびかけ」でちょっとだけ泣いてしまった。お兄ちゃん以外の子どもの声、特に大声・高い声は苦手(怖い)らしい。すぐに泣き止み、あとはいい子ですごせました。

お父さんは今、左腕がひどい筋肉痛です。のりべーも大きくなったね。

のりべえ 1歳8ヶ月0日

こころなしか、手が動くようです。
のりべーの顔を覗き込むようにして「のりちゃん、『はーい』は?」と聞くと、かなりの確率で手が動き、まるで返事をしているかのような動きを見せてくれます。

何かの不随意運動なのかもしれないけれど、のりべーも実に嬉しそうな顔をしてそれをやってくれる(自分の名前を聞き分けるようになった?)ので、家族みんなが何かというとのりべーに声をかけている今日この頃です。

春は名のみの……。

のりべえ 1歳7ヶ月0日

暦の上ではもう春だというのに、相変わらず寒い日が続いています。
家族4人、特に体調を崩すこともなく元気です。のりべえはのりべえなりに生活のリズムができ、そのリズムも落ち着いてきて、さらにそこから少しずつ変化が生まれてきています。
声を出して笑うようになりました。これをやると声を出して笑う、という「笑いのツボ」もいくつか発見されました。目も耳も正常に働いていないかも、と言われていたころからすれば格段の進歩です。
栄養摂取は相変わらずミルクの注入に頼っていますが、嚥下の練習を始めることになりました。食いしん坊のりべえの復活に向け、まずはジュースにとろみをつけたものをスプーンにつけて少しずつなめるところから。

相変わらず寒い日は続いていますが、暦の上ではもう春です。
少しずつ、しかし着実に季節は移り変わっていきます。負けてはいられません。

障害者手帳の交付

のりべえ 1歳6ヶ月0日

12月に障害者手帳が交付されました。両上肢機能障害(1級)、体幹機能障害(1級)。このおかげでさまざまな補助や行政サービスを受けられることになります。つまりこの手帳は、世の中の人がのりべーのために力を貸してくれることの証です。有難く活用させていただこうと思います。
のりべー本人は退院以降、かなり表情が出てきました。呼びかけるとにへえっと笑うようになり、家族みんな何かにつけ声をかけるのが習慣になっています。すこしずつですが外出もしています。正月には外泊(といっても家族で母方の祖父母宅に泊まったのですが)にも挑戦しました。寒い日が続くのでいろいろなことを慎重に慎重にしています。

謹賀新年

のりべえ 1歳5ヶ月25日

明けましておめでとうございます。
おかげさまで家族4人そろって新年を迎えることができました。

昨年の我が家は、のりべーの(再びの)長期入院、転居など、さまざまな事がありました。これからも大きな変化は続きますが、家族4人、消極的になることなく生活を楽しんでいければと思っています。
本年もどうぞよろしくお願いします。

のりべえ 1歳3ヶ月29日

ご心配おかけしていましたが、「ショック(原因不明)と多臓器不全」で入院して3ヶ月、11月5日にのりべーが退院しました。また、10月末に都内に転居しました(そのために退院日程を少し延ばしてもらったりもしました)。
最終的な診断は「低酸素性脳症」。経管栄養導尿など介護の度合いは増えましたが、のりべーが戻ってきて、生活は落ち着きを取り戻しつつあります。寝顔や時折見せてくれる笑顔の可愛らしさを励みに家族4人頑張っていこうと思います。

緊急入院

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のりべえ 1歳1ヶ月7日

のりべーが8日未明、体調を崩して緊急入院しました。

8日の深夜2時ごろに呼吸の異常に気づき、近所の病院に担ぎ込みましたが、血管が細いために点滴が入らないと言われるは、かかりつけの大きな医療センターは距離が遠くて搬送が危険だと受け入れを断られるはで、結局大きな病院に到着したのは10時過ぎでした。
脱水から来るショック多臓器不全(8月7日はずっとエアコンの効いた部屋で寝ていただけなのに!)とのことで一時は本当に危なかったものの、一命は取り留めました。しかし、脳に損傷を受けたらしく、今後は自力で栄養を取ることができない状態で、入院前の状態に戻るのは難しい、という宣告を受けました。もともと脊椎に障害があって、発達の遅れや下半身の麻痺・機能不全については覚悟もできていましたし、「それでも生きてさえいれば、良くなる可能性は0ではない」と信じてきました。しかし、彼女の運命はわれわれの予想よりも少し、過酷なものだったようです。

ともあれ、のりべーはまだ生きています。こちらを見ることはないものの、時々は目も開くようになりました(ちゃんと可愛いです)。きっと医者の予想を覆すような回復を見せてくれると思います。

ついに1才

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のりべえ 1歳0ヶ月0日

のりべーが満1才の誕生日を迎えた。
二分脊椎という障害を負って生まれ、5ヶ月以上の入院を経て我が家にやってきたのりべーは、時おり見せる笑顔でみんなを和ませてくれている。心身の発達の遅れはそろそろ目だってきたが、われわれ両親も、そして本人もまだつらさを感じてはいない。
ご心配いただいているみなさん、応援してくださっているみなさん、本当にありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。

退院後一ヶ月

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のりべえ 0歳6ヶ月9日

 のりべーが退院して一ヶ月がたった。退院直後はドキドキの毎日だったが、それもだいぶ落ち着いてきた。毎日病院通いをしていたころに比べたら、精神的にもなんとラクなことか。のりべーはもともとは丈夫な子なのだろう。心配な点は多々あるけれど、それでもミルクをよく飲んで機嫌よく過ごしていて、少しずつ反応もよくなってきているし、なによりかわいい。赤ちゃんのいる生活はこんなにも和むものだったかと思うほどだ。覚ものりべーに対してはとたんに「ノリちゃあん」と猫なで声になり、迷惑そうなのりべーにもかまわずブチュッとしている。我々家族は、のりべーを迎えて格段に賑やかに、家族らしくなった。
 のりべーが生まれたときは、病気についての知識も乏しく、ろくに心構えもないまま治療・手術を任せなければならず、周りの人たちに状況を説明するのも難しくて、こうしてホームページを公開することが我々自身の心の支えとなり、また勉強にもなったと思う。周りの方々には心配をかけることになったようで心苦しいけれど、温かい励まし・応援の言葉や参考になるご意見をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
 のりべーが退院し、我々の生活面・精神面が一段落した今、これから成長していくのりべーや長男のことを考え、公開をいったん停止することにします。また折々で近況は報告したいと思いますし、のりべーの元気な姿を見ていただけたらと思います。そしてこれからも我々家族をどうぞよろしくお願いいたします。

のりべえ 0歳2ヶ月16日

アーチェリーで夢のパラリンピックへ 天理大の中西さんと題するasahi.comの記事より。

 生まれた時に、二分脊椎(せきつい)症と分かった。背中に通う神経が体の外に出る障害だ。直後に手術を受けたが、下半身は思うように動かない。スポーツは見るだけだった。

 アーチェリーを始めたのは中2のころ。障害と向き合い、揺れ動く思春期だった。「もともと明るい性格なのに、引っ込み思案になっていた」と母みどりさん(51)は振り返る。「何か自信のつくことを始めれば」。父で高校の美術教諭の康祐さん(52)の助言で、障害の有無を問わず一緒に試合ができるアーチェリーを始めた。

 奈良県天理市の自宅から約700メートル離れた田んぼを整備して、専用の練習場を作った。大学のアーチェリー部の練習がないときは、いつもこの場所で撃ち続ける。


環境が恵まれているから・障害の程度が違うから、といってしまうのは簡単だが、それでも訓子と同じ二分脊椎の人が大舞台に挑んでいる姿は励みになる。

のりべえ 0歳0ヶ月30日

ちょっと古い(2000年3月28日)が、WIRED NEWSの記事から引用。

 お腹の中の息子が二分脊椎症という先天性障害を持っていると聞かされたとき、ジョイス・ガルシアさんは泣き出した。医師から中絶するか、一生続く障害を抱えた赤ん坊を出産するか選ぶよう言われたとき、彼女はますます激しく泣いた。
 しかしその日のうちに、ガルシアさんの夫はインターネットであるものを見つけた。そしてそれは、彼らの人生を大きく変えることとなる。
 夫が見つけたのは、開腹による胎児手術を紹介するウェブサイトだった。この方式については賛否が分かれており、ごく一部の医師、それも世界でわずか3つの病院でしか実施されていない。
 ガルシア夫妻はウェブサイトを運営している医師たちに会った。医師たちは二人に手術の内容を説明した――ジョイスさんの腹部を切開し、子宮を取り出して体の上に置き、胎児の脊椎の微細な損傷箇所に手術を施す。そんな話を聞かされてもなお、夫妻はこの治療への関心を失うことはなかった。
 そして数週間後、ジョイス・ガルシアさんは、この困難で危険な手術を受けた世界で3人目の妊婦となった。

現在、二分脊椎の出生前診断はある程度可能になっているらしいが、出生前に二分脊椎が見付かった場合の選択肢は「おろすか、産むか」の二者択一になるのが普通らしい。
訓子の場合は、産まれるまで二分脊椎のことなど予想もしていなかったのでこの記事のようにはいかなかったわけだが、それでも「早く見つければ打つ手のある病気」として二分脊椎を捉えることができるのならすばらしいことだと思う。

WIRED NEWSの記事は、タイトルからも推察されるとおり、医療情報の情報源としてWebを用いることの是非について論じている。
削除される可能性を考え、全文を引用しておく。

のりべえ 0歳0ヶ月27日

日経新聞の記事からの引用。

 脊椎(せきつい)から神経組織が露出し、運動障害などが出る赤ちゃんの先天異常「二分脊椎」のリスクを葉酸摂取で減らせると知っている女子高生はわずか3%―。小牧市民病院(愛知県小牧市)の近藤厚生医師が実施したアンケートでこんな結果が出た。
 旧厚生省は2000年に女性に葉酸摂取を勧める通知を出したが、その後も二分脊椎の発症率は増加し続けている。背景には啓発不足があるとされ、近藤医師は「学校教育の場を活用してもっと情報提供するべきだ」と話している。

 アンケートは2003年1月から今年7月にかけ愛知県などで実施。高校3年の女子生徒353人と成人女性161人、赤ちゃんを産んだことがある女性770人から回答を得た。

 二分脊椎などの神経管閉鎖障害の発症リスクと葉酸の関係を「知っている」とした女子高生は3%にすぎず、成人女性は13%、赤ちゃんを産んだことがある女性でも15%にとどまった。

 日本産婦人科医会横浜市立大国際先天異常モニタリングセンターの調査によると、二分脊椎の発症率は2003年に赤ちゃん1万人当たり5.6人となり、5年連続で前年を上回った。

 ホウレンソウなどに多く含まれる葉酸を摂取することで発症リスクを下げられるが、調理の際の加熱で失われやすい。厚生労働省は妊娠を計画している女性に対し、栄養補助食品から1日0.4ミリグラムを摂取するよう勧めている。

ほんと、注意してくださいね。>妊娠を「計画している」女性の皆さん。

のりべえ 0歳0ヶ月13日

日経新聞の記事からの引用。

 先天異常の一つで、脊椎(せきつい)から神経組織が露出し運動機能などに障害が出る「二分脊椎」の発症率が、2003年に赤ちゃん1万人当たり5.6人(速報値)となり、5年連続で増加したことが20日、日本産婦人科医会横浜市立大国際先天異常モニタリングセンターの調査で分かった。

 二分脊椎などの神経管閉鎖障害はビタミンの一種、葉酸の摂取で発症リスクを減らせる。旧厚生省は2000年に妊娠可能年齢の女性に積極的な摂取を呼び掛けたが、専門家は「意識的に摂取する女性は少なく効果が上がっていない」と指摘、国は啓発に向け新たな対応を迫られそうだ。


って、今さら言われても...。
赤ちゃんが欲しいと思ったら葉酸を!」とのことなので、該当する方はぜひ、心掛けてください。

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